それでも努めて前を向こうと、平山さんはこう振り返ってくれたことがあった。

「最初の骨折であまりにも長くかかりすぎて、焦りを通り越して笑っちゃうくらいだったので。2度目はそれほどショックではなかったですね。外からサッカーを見るようになってからは、サッカー人生で積み重ねてきた結果として今現在の自分があるので、すべてをしっかりと受け入れられる人間になろうと思っていました」

 完全復活へ向けて、環境を変えることも可能だった。2012シーズンのオフに、複数のJ2クラブから期限付き移籍のオファーが届いた。正式なオファーには至らなかったものの、2013年の夏にもJ1クラブから期限付き移籍を打診されている。

「ほとんど試合に出ていなかったので、かなり迷ったのは事実です。試合勘も鈍るし、点を取る感覚も忘れかけていた。試合へ向けた準備や緊張感を持続させることはもちろん、90分間をフルに戦える体力もない。練習だけではコンディションが上がり切らないし、体も何となく締まっていなかった。

 やっぱり試合に出なきゃダメだと思いましたが、いざFC東京を離れると考えた時に、他のチームでプレーする自分を想像することができなかった。FC東京が一番好きなクラブだと再認識したので、ほんのわずかでもプレーできるチャンスがあるのならば、FC東京で頑張ろうと決めたんです」

 結果が問われるプロの世界である以上、いつかは別れる時が、つまり契約を更新しないと告げられる時が訪れるかもしれない。それでも平山さんに迷いはなかった。不器用にも映る愛情の貫き方もまた、老若男女を問わず幅広い人気を平山さんが博した理由だ。

「なるようになるさ、という感じですね。そのような運命になれば、仕方のないことだと思うようにしました。だからこそ、出番が訪れた時には絶対に点を取る。それだけを考えていました」