能田雄介内閣総理大臣は、こめかみを強く押さえた。
痛みは一瞬和らぐが、それは錯覚にすぎない。すぐに脳ミソを押しつぶすような鈍い痛みが戻ってくる。
「やはり何か手を打たなければ、この国会は乗り切れません」
財務大臣の中原が重い口調で言った。
「と言って、解散は絶対にできません。国民の不満も頂点に達しています」
この言葉は、ここにいる全閣僚の一致するところだ。
選挙ということになれば、ここにいる何人かは、再び国会に戻ることはないだろう。党全体で考えると、百人を超す議員の落選が予想されている。一年生議員の大部分は当時の党の勢いだけで当選したのであり、国会議員の資質など元からないものたちだ。
政治家ほど無責任な職業はない。どのような失政をしても、刑事事件の対象にさえならなければ、一時沈黙を守っていれば責任を問われることはない。せいぜい、役職を降りればいいのだ。
能田の脳裏に東日本大震災時の総理の顔が浮かんだ。運のいい男だった。
自身の政治問題が国会で取り上げられる寸前にあの地震は起こった。以後、半年間居座り続け、やっと辞任したときには話題にのぼることさえなかった。あれは外国人の政治献金問題だったか。
もう一度、起これば……と思い始めた考えを振り払った。日本人として、いや人として二度と起こってほしくはない。この国には、これ以上耐え抜く体力は残っていない。再起不能になりかねない。そんなことがあっては、断じてならない。
自分の任期にそんなことになれば。はたして自分はうまく切り抜け、この国を再建に導けるだろうか。失敗すれば、この国が続く限り無能な宰相として歴史に残るだろう。
「総理、国会に向かう時間です」
秘書が告げた。
とたんに憂鬱な気分になる。
国会周辺では日々、どこかの団体のデモが行われている。今朝は、失業率増加に対する労働組合系のデモだと聞いている。即刻数値に現れる雇用対策などありはしない。いくら企業に補助金を入れても、現在の世界、国内情勢では雇用の急増など困難だ。
要するに、現在の国民の頭には政府に対する不信感しかない。これを払拭しないかぎり、何をやっても非難される。
首筋が針金を入れたように強張っている。こめかみの痛みが強くなった。その痛みは頭全体に広がっていく。
半年前、総理に就任する前までは、ハリとマッサージでなんとか押さえることができた。しかし、最近はほとんど効かなくなっている。医者に行っても、しばらく休養を勧められるだけだ。あの医者は野党の回しものかと思うほど、私を入院させたがる。
総理は痛みを無視するように勢いよく立ち上がり、ドアに向かって歩き始めた。
(つづく)
※本連載の内容は、すべてフィクションです。
※「首都消失」は、「東京崩壊 未来への脱出」と改題いたしました。
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