「マスコミは?」
「おまえ一人が騒いでも相手にもされないだろ。政治家か官僚のスキャンダルなら別だろうけど」
高脇は肩を落として聞いていたが、立ち上がった。
「悪かったよ。騒がせて。きみしか思いつかなかったんだ。でも、何かの機会があれば、広く知らせてほしいんだ」
「これから家に帰るのか」
高脇は横浜に住んでいるはずだ。
「いや、大学に戻る。まだみんな、大学にいる。今日は徹夜だ」
高脇はコートの襟を立てると部屋を出ていった。
森嶋はパソコンの前に座り、ディスプレイを睨んでいた。高脇が置いていったフラッシュメモリーに入っていたものだ。
視線を窓に移すと、夜の東京が広がっている。降りしきる雪の中にネオンの光がかすんでいる。
「あり得ないよな」
低い声で呟いたが、何の根拠もなかった。
「こんなもの見せられても俺には分からない」
しかし、高脇はこれを見せるために3時間もの間、雪の降り込む廊下に立ち続けていたのだ。
〈一度うちに帰ったら。帰国して、一度も帰ってないんだよ。お父さんも口には出さないけど、お前に会いたいんだよ。そんなに遠いところでもないんだから〉
今朝、母親から電話があって、マンションに帰ったら、荷造りを始めようかと思っていたところだった。
時計を見ると、午後10時をすぎている。
雪の中、背中を丸めて歩いていく高脇の姿が浮かんだ。風邪を引かなければいいが。大学院に残った高脇は講師になると、すぐに結婚した。子供は確か――6歳のはずだ。
「俺にどうしろと言うんだ。何もできやしない」
呟いてみたがどうにも落ち着かない。高脇の姿と声が頭から離れない。寒さで身体は小刻みに震え、声は上ずっていた。
しかしこういうことは、誰に報告すればいい。いくら多忙な役所といえ、この時間までいるものは少ない。
しばらく考えたが、この時間ではどうしようもない。
諦めてパソコンを閉じて立ち上がった。