2025年のノーベル化学賞は日本人研究者の北川進特別教授(京都大学高等研究院)が受賞した。先日にはスウェーデンのストックホルムで授賞式も行われ、改めてその業績が注目されている。北川氏の研究はどのような内容で、どのような意義があるのか。サイエンスライターの佐藤健太郎氏に寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)

【2025年のノーベル化学賞は日本人研究者の北川教授】気体を資源に変える~ノーベル賞・MOFの科学Photo: Adobe Stock

金属有機構造体(MOF)とは?

 2025年のノーベル化学賞は、北川進・京都大学特別教授に贈られた。対象となったのは、金属有機構造体(MOF)と呼ばれる物質の研究だ。研究者間では以前から受賞が有力視されていたが、ここに来てついに実現の運びとなった。受賞が決まったのは、MOFの実用化の目処がついたことが大きいだろう。

 ではそのMOFには何ができるのか。気体の物質を仕分け、集めることができるのだ。

 およそ資源というものは、まとまった量を純粋に安く入手できなければならない。たとえば太陽光エネルギーは量こそ莫大だが、薄く広く降り注ぐ。石油などに比べて十分活用されていないのはこのためだ。

 各種の気体にも資源としての価値が高いものが多いが、非常に薄く拡散している上、分子が小さいためとっかかりがなく、同じ種類だけを見分けて濃縮するのは難しい。空気中から煙だけを取り出すことを想像すれば、これがいかに困難かわかるだろう。

究極のスポンジ

 その困難を可能にしたのが、MOFという新材料だ。たとえばある種のMOFは、空気中から二酸化炭素だけを吸収し、貯蔵することができる。今まで莫大なエネルギーと大がかりな設備を必要としていた気体の分離・貯蔵が、単なる粉末ひとつでできるようになったのだ。

 なぜこうしたことが可能になるのか。その秘密は、MOFの特徴的な構造にある。MOFは、極めて目の細かいジャングルジムのような構造をとっている。各部屋を仕切る壁は、原子1個分の厚さしかない。まさに究極のスポンジであり、この微細な空間に狙った気体分子を閉じ込めるわけだ。

【2025年のノーベル化学賞は日本人研究者の北川教授】気体を資源に変える~ノーベル賞・MOFの科学MOFの一例(筆者作成)

 このジャングルジムのような構造は、パーツとなる有機分子と金属イオンを混ぜ合わせることで作り上げることができる。両者の構造を工夫し、組み合わせることによって、多様な機能を持たせたMOFをデザインすることが可能だ。

砂漠の空気から水を作る

 これまで化学者は、様々な機能を持った分子をデザインし、創り出してきた。しかしMOFでは、分子が作り上げる空間こそが機能を持ち、そこに工夫が凝らされている。「空間をデザインする」というコンセプトは、大きなパラダイムシフトであった。

 MOFの科学は約30年を経て、大きく進展している。北川教授とノーベル賞を共同受賞したオマー・ヤギー教授のグループは、砂漠の乾燥した空気から水蒸気を回収し、水に変えることに成功している。1キログラムのMOFを用いて、1日あたり平均0.7リットルの水を回収できるというから驚きだ。

 MOFに触媒としての機能を組み込み、捕捉した二酸化炭素をメタノールに変えるような研究も行われており、温室効果ガスを燃料に戻す手法として期待される。その他、毒ガスを吸収するもの、腐食性のガスを吸収することで金属製品を保護するものなど、様々なタイプのMOFが研究されている。

 今までにない物質を創造し、それを安く大量に、安全に作るところまで、研究者たちは約30年かけてたどり着いた。ノーベル賞受賞は大きなランドマークだが、研究の旅路はまだまだ続く。

佐藤健太郎(さとう・けんたろう)
1970年生まれ。東京工業大学理工学研究科修士課程卒業後、1995年に国内製薬企業に入社し、創薬研究に従事。2007年に退職し、フリーのサイエンスライターに転身。2009年より2012年まで、東京大学大学院理学系研究科化学専攻・特任助教に就任(グローバルCOEプログラム「理工連携による化学イノベーション」広報担当)。2010年、著書「医薬品クライシス」で科学ジャーナリスト賞を受賞。2011年、第1回化学コミュニケーション賞受賞。「有機化学美術館へようこそ」「炭素文明論」「ふしぎな国道」「世界史を変えた薬」「世界史を変えた新素材」など、著書多数。