第一章

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 森嶋は腕を伸ばして枕元をさぐった。

 携帯電話が鳴っている。

 昨夜はマンションに帰ってからベッドに横になり、高脇とロバートが持ってきた二つのレポートを読み直していて、いつの間にか寝てしまった。

 いま、何時だと思ってる、と言いかけた言葉がさえぎられた。

〈大統領と会ってきた。大統領は日本政府に日本発世界恐慌回避の具体的な提案を期待している。そういうものは出そうか〉

 ロバートの声が飛び込んでくる。

 時差などという言葉は頭にはない男だ。

 しかし、森嶋の意識は一瞬のうちに呼び戻された。

「俺に分かるわけがないだろ。一つの省の役人にすぎないんだ」

〈日本のキャリア官僚は若手といえども何でも知ってて、何でもできる超エリート集団じゃないのか〉

「部外者の妄想だ」

 実際は上のご機嫌をうかがいながら、指示通りに動いているものがほとんどだ。自分の意思など心の奥底に封じ込めている。

〈来週、ハドソン国務長官が中国訪問の帰りに日本に寄ることは知ってるだろう。俺も一緒に行くことになった〉

「アメリカはなにを考えているんだ」

 〈あのレポートがマスコミに流れる前に、日本が明確な対策を出しておかないと、世界恐慌の引き金になりかねないと危惧している。それほど、世界情勢はシビアになっているということだ。日本政府はまったく気づいてはいないだろうが。いくら斜陽の国とはいえ、日本は核爆弾なみの脅威を抱えた国なんだ〉

 いくら友人とはいえ、最後のひと言は余計だ。しかし、現実をよくいい当てている。

「具体策なんてムリだ。それも、世界を納得させるような」

 アメリカ人は、というより世界は日本という国をまったく理解してない。せいぜいGDP世界3位、かつては第2位を長期間維持してきた東洋の経済国、というレベルだ。

〈ことの重要性を日本政府は分かっていないようだ。次の世界恐慌の引き金は、日本が引くことになる〉