1時間ほどして、森嶋は大臣室に呼ばれた。
森嶋が執務室に入ると、いつもと雰囲気が違う。空気がなごんでいるのだ。
秋山国交相と向き合って座っているのはロバートだ。
「久し振りだな。元気だったか」
ロバートはソファーから立ち上がり、両腕を広げて森嶋を抱擁して両頬にキスをした。
「バカはよせ。みんなが見ている」
森嶋は小声で言って突き放したが、ロバート特有のジョークの一つだ。
秋山大臣以下、あっけに取られた顔で2人を見ている。
「ハドソン国務長官たっての頼みで、総理と国務長官との会談の通訳は森嶋君にやってもらう。それでいいかね」
秋山大臣は言ったが、戸惑った表情をしている。もっともなことだ。こんな事態は国交省始まって以来だ。
「私に務まるかどうか」
「前回は問題なくやったんだろう。今回も先方の申し出だ。総理も了承しているとのことだ」
「最善を尽くします」
森嶋は仕方なく答えた。アメリカ政府は具体的な対策を求めている。ロバートが電話で言ったことは本気だったのだ。
「では、出かけようか」
「これからですか」
「国務長官は明日には北京に向かうそうだ。なにか問題があるのかね」
「いいえ、問題などありません」
言ってはみたが、自信などない。
「なにも条約を結ぶわけじゃない。英語と日本語を置き換えればいいだけだ。俺たちは複雑な話はしない。分かってるだろ。この会話は訳す必要はないからな。ひどい顔だぞ。リラックスしろ」
ロバートは森嶋の肩に腕を回し、小声で言った。
会見は前回と同じように総理大臣執務室で行われた。
ハドソン国務長官はテレビで見る通り、穏やかな風貌の50代の男だった。
ロバートとしばらく言葉を交わすと、森嶋のほうに歩み寄り握手を求めた。
国務長官、ロバート、森嶋の3人だけで部屋に入った。
部屋の中には、能田雄介内閣総理大臣と、その横に山本良夫官房長官がいた。
形通りの挨拶の後、穏やかだったハドソン国務長官の表情が変わった。