朝原 それはもう、ありましたね。2004年、32歳のときアテネオリンピックに出て、その時点で「よくここまでやったな」と。次回はもうないと自分でも思って、徐々に競技からフェードアウトしていたんです。

小室 フェードアウトしていたんですか!?

朝原 そうです。2006年までは大学院に行っており、トレーニング時間はほとんど取っていませんでした。将来的にスポーツ振興に取り組みたいと思っていたので、ちゃんと勉強しようと思って。あとは子どもも生まれていたので、父親として育児の時間を増やしていました。

 でも、2007年、35歳のときに世界陸上が大阪で開催されたのが、大きな転機になりました。関西出身の自分にとって、現役中に世界大会が自国で開かれ、しかもそれが地元の関西ということで、まずこの大会には絶対に出たいと思ったんです。

「3足のわらじ」をはいた
スポーツ選手の働き方改革

小室 そんな遠回りをした後にオリンピックに出場して、かつメダルを獲得したなんて、ワーク・ライフバランス的に見ると滅茶苦茶面白いですね。

朝原 フェードアウトしていた時期は、選手としては時間のロスだったかもしれないけれど、「大学院生」「父親」「アスリート」という3足のわらじを履いたことで、時間の使い方を学んだのが大きかったと思います。

 そして何より、この時期に家族としっかり関わったことで、「育児ってこんなに時間がかかって、大変なことだったんだ」と知り、それを今までやってくれていた妻に感謝しました。もう一度競技にシフトしていく過程で、大阪世界陸上を地元で盛り上げるための陸上の普及活動にも取り組み、大阪ですごい応援を受けて地元の色々な人とつながるきっかけになりました。