総理執務室には重い空気が漂っていた。
テーブルをはさんでソファーには能田総理、岡部官房長官、渡辺国交大臣、木村財務大臣が座っていた。
「首都移転とは大胆な提案をしてきたものだ」
総理は深いため息とともに呟いた。
テーブルの上には人数分のファイルが置かれていた。森嶋のレポートをコピーしたものだ。
「あの森嶋という男は、単なるヘタな通訳ではなかったということか」
「アメリカ側は具体案の提示を求めています。近いうちに再度、要求があるでしょう。そのときのための、一つの案として考えてはどうでしょう」
官房長官が言った。
彼は国務長官との会談に同席していた。国務長官の強い口調をアメリカの意思の現われと感じ取っているのだ。
「もうかなり前になるが、首都移転が話題になったことがあったね。いくつかの都市が候補にのぼったはずだ」
「そういうこともありましたな。しかし、たしか数兆円の移転費が必要だと試算されました」
財務大臣がテーブルの上のファイルを手に取った。
「現在の日本にそれだけの体力があると思うかね。とてもじゃないが、マスコミが騒ぎだす。国民も反対するに決まっている」
「首都機能だけの移転ではダメなのでしょうか。前回の構想もそうでした」
「どうせアメリカの脅しじゃないのか。そんなに騒ぎたてることもない。放っておくことがいちばんだ」
「なんのための脅しです。アメリカに取ってメリットがなければ、こんな圧力をかけてはきません」
「あながち、脅しとは言えないんじゃないですか。日本発世界恐慌を本気で心配している」
「日本と世界の将来をですか。あのアメリカが」