「準備と言ってもなにをやればいいんだ」

 森嶋は呟いた。

 矢島に首都移転に関して、集められるだけの資料を集めて、それに目を通すように言われたのだ。やはり余計なことをしてしまったのか。

 半分後悔しながら、部屋に戻って椅子に座ると疲れがどっと出てきた。昨夜は一睡もしないで首都移転に関するレポートを書きあげたのだ。

 首都移転はかつては、首都機能移転として国交省で考察されてきた。

 1999年には首相の諮問機関である「国会等移転審議会」で、愛知・岐阜、栃木・福島の二つの地域を移転先候補として国会に提出している。さらに、三重・畿央地域が考えられていた。

 選定の基準は、まず現在の首都である東京からさほど遠くないこと。陸、海、空での国際的な将来性を持つ地域。地震、津波、火山などの自然災害の脅威のないところ。広大な平地を持つ地域。各地からの交通が便利な地域。こういった点が考慮された。

 移転の目的は、「一極集中の是正」「国政の改善」「災害への対応」が挙げられている。しかし、もっとも重要な理由は、「災害への対応」だろうと森嶋は思った。

 この事実は阪神・淡路大震災後も議論されたし、東日本大震災で痛感したことだ。災害の被害者は災害の救出者にはなれない。日本がこの二つの大災害を何とか乗り越えることができたのは、やはり首都東京が被災地から離れていて、無事であったからこそだ。東京自体が被災地となれば指揮系統はまとまらず、混乱は日本中に広がるだろう。そして、アメリカが考えているように世界に影響を及ぼすだろう。

 森嶋は自分を見つめるハドソン国務長官とロバートの目を思い浮かべた。彼らの目的は――純粋に日本発の世界恐慌を危惧しているのか。そして、あの『日本経済崩壊が及ぼすアメリカ合衆国、および世界における影響』と題されたレポート。あれは――。

 森嶋はそれらを振り払うように首を小さく振って、パソコンを立ち上げた。