この政策を実行するために安倍政権が日銀の政策執行部に送り込んできたメンバーは、いわゆるリフレ派と呼ばれる人たちだ。

 彼らは、1931年犬養毅首相の下で4度目の蔵相についた高橋是清の一連のリフレ政策、すなわち、金輸出再禁止、日銀の国債引き受けによる政府支出(時局匡救事業や軍事予算)の増額などによって、世界恐慌によって混乱していた日本経済を立て直した実績を高く評価し、その政策を模範としていた。

 経済理論としては、ミルトン・フリードマンのマネタリズム(貨幣数量説)の考え方に近い立場をとり、インフレ目標達成のための処方箋としては、日本銀行が従来の常識を超えた範囲(年間80兆円規模)で資産を購入し、市中に貨幣(ベースマネー)を供給することを行ってきた。

 また、リフレ派が金利に関して言及する場合は、アーヴィング・フィッシャーが展開した議論、貨幣利子率は実質利子率と期待インフレ率に換算(分解)できるとする議論を用いることが多い。

 その理論に依拠して、貨幣利子率が「ゼロ」になっても、日銀がインフレ目標実現までは徹底した資金供給をコミットメントすれば、期待インフレ率を上昇させ、実質利子率をマイナスにすることができるという議論もされてきた。

 しかしフィッシャーの関係式は恒等式ではないので、一つの変数を操作することで他の変数が自動的に調整される訳ではない。

 リフレ派による量的質的緩和のもう一つの理論的根拠は、同じフィッシャーによる交換方程式だ。

 経済取引は基本的に物々交換であり、貨幣は実体経済に対して中立的であるという貨幣中立説(貨幣数量説)の考え方に立つもので、交換方程式(MV=PQ;Mは流通貨幣、Vは貨幣の流通速度、Pは物価水準、Qは取引量)として表される。

 このフィッシャーの交換方程式では、短期的には貨幣の流通速度や取引量が安定しているとすれば、物価水準を上昇させるためには、流通貨幣を増加させればいいということになる。

 この理論に依拠して「インフレやデフレは貨幣的な現象だから、金融政策で解決すべき」というのが、黒田日銀の超金融緩和策導入時のリフレ派の議論だった。

 だが現実は、5年以上も日銀が金融緩和を続けても、2%のインフレ率を達成できないでいる。