そして、今回習近平が中国最高学府の一つであり、中華民国(1912年設立)、そして中華人民共和国(1949年設立)の盛衰に比較的深く関与してきた北京大学が節目を迎える時期に、そのキャンパス内で発した上記の言葉は、筆者の現段階における基本的見解・立場をある意味立証してくれる産物であるといえよう。

“共産党一党支配”と
“中国の特色ある社会主義”は表裏一体

 現在の大学生が政治の指導層の中核になり得るのが30〜35年後として、ちょうど中華人民共和国建国100周年(2049年)を迎える頃である。習近平は昨秋に開催された共産党第19回大会において、建国100周年を迎える頃に「わが国を富強・民主・文明・和諧・美麗な社会主義現代化強国に仕立て上げる」という目標を明確に宣言している。

 激動の歴史を繰り返してきた“中華民族”“中華文明”だけに、いつ何がどのように勃発するかは定かではないし、不透明・不明瞭であるが、いま現在中国の最高学府で学ぶ学生たちに「君たちはこれまでも、これからも社会主義の建設者・後継者としての人生を歩むのだ。君たちが私のような立場になっても社会主義を堅持・貫徹するのだ」と直接伝達した事実は筆者から見て“軽く”ない。“共産党一党支配”と“中国の特色ある社会主義”は表裏一体であり、前者が続く限り後者は放棄されない。

 逆に後者が継続しているということは前者が存続しているということでもある。我々外部の観察者は「何か起きない限り、中国は中国共産党一党支配下における“中国の特色ある社会主義”の道を進み続ける」という前提で中国を眺め、付き合っていく必要があるということである。

 北京大学の学生たちもそれを認識・自覚している。その上で、それでも政治の道に進もうという人間は党・政府組織に入るのだろうし、「そんな人生は嫌だ」と考える人間は他国への移民を求めていくのであろう。

筆者が過ごした
北京大学の状況

 筆者は2003年から2010年までを北京大学で過ごした。学部と大学院で国際関係を学んだ。政治の分野に関していえば、やはり共産主義、毛沢東、一党独裁といったイメージを持って中国へ飛んだこともあり、入学前には懸念もあった。国際関係学院とは名ばかりで、授業はすべて社会主義やマルクス・レーニン主義を含め、中国共産党の政治観やイデオロギーを押し付けるもので、先生や学生は唯一無二の価値観や考え方で統一されており、異なる見方や価値観は、たとえ外国人であれ許容されないのではないかという不安を抱えていた。