「どうすれば、一生食える人材になれるのか?」
ビジネスパーソンの頭を一度はよぎるこのテーマについて、専門家二人が激論を交わした。
一人は、日本のブレーンとして40歳定年制を唱え話題を呼んだ、東大・柳川範之教授。
もう一人はボストンコンサルティンググループを経て、HRベンチャーに参画した『転職の思考法』著者・北野唯我。いま、人材マーケット最注目の論客であり、実務家だ。
「40歳定年制」の時代が来る前に個人が何をしておくべきか(前回)から始まった対談は、日本型雇用の構造的問題にまで及んだ。全3回。

定年までか、短期雇用かの日本の雇用はおかしい

北野:今回は少しマクロな話も含めて、「日本の労働マーケットの問題」について教えてください。柳川先生は「国策」にも多く関わられているわけですけど、「働き方」という点で、今の日本にはどんな政策が必要だと思いますか。

北野唯我
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。2018年6月に初の著書となる『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』をダイヤモンド社より出版。

柳川:ひとつは「雇用の多様化」で、もうひとつはやっぱり「学び直し」です。40歳定年制の背景にもありますが、今の日本は雇用形態が「短期雇用」か、「定年まで雇用」という2つしか選択肢がないんですね。短期雇用契約の場合原則3年ないし5年契約が上限、そうでなければ、基本はいわゆる定年まで働く「期限の定めのない」雇用契約です。これをもう少し多様にして、たとえば、10年契約とか20年契約を可能にする政策が必要だと思います。

北野:たしかに現状は「一か、百か」ですもんね。10年や20年単位の「中期雇用」を導入するメリットはなんでしょうか?

柳川:そもそも、こういうことをできるだけ認める形にしていかないと、多様な働き方はなかなか実現できないですよね。それから、たとえば、期限の定めのない雇用契約は難しいんだけれど、20年なら雇えるとか、15年なら雇えるという人が、今の非正規の短期雇用契約しか門戸がなく働けていないとしたらもったいないですよね。

柳川範之
1963年生まれ。東京大学経済学部教授
中学卒業後、父親の海外転勤にともないブラジルへ。ブラジルでは高校に行かずに独学生活を送る。大検を受け慶応義塾大学経済学部通信教育課程へ入学。大学時代はシンガポールで通信教育を受けながら独学生活を続ける。大学を卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など。

北野:たしかに、女性の活躍という観点でも、「結婚や出産」のライフイベントに合わせて変化しやすくするためには、雇用形態の多様化は有効かもしれません。2つ目の「学び直し」はどういうことでしょうか?

柳川:もともとの40歳定年制の話もそうでしたけど、結局、「雇用契約の多様化」と「学び直しの機会の提供」はセットなんですよ。というのも、たとえば、20年契約ができたとしても、45歳とかでその契約を打ち切られてしまったらその後どうするんだという心配があるわけですよね。そもそも長く活躍するためには、スキルアップも図っていく必要がある。だから、ある程度政府の補助を受けて、きちんと新たなスキルを身につける「学び直し」が必須なんです。「もっといいところで働けるチャンスが広がる」という流れを作っていく必要があるんですよ。

北野:長い目、たとえば100年とか200年先のことを考えたら、絶対40歳定年制のような形になっていくと思いますね。だって、もし寿命が200年とかになったら、1つの会社で雇用することなんて不可能なので。ただ、素直な質問なんですが、もうちょっと短いスパンで考えたときに、この政策が実現する可能性って実際あるんですか?

柳川:そこで、兼業や副業が必要になるのですよね。やっぱり会社を移るってそんなに簡単なことではなくて、「そこで活躍できるかもわからないし」などの不安も多々あります。でも「副業」をやってみれば、ある程度トレーニングして能力も身につけられるし、その職場で働くのが向いてるか、楽しいかということもわかってくる。それを踏まえて、転職先でうまくいくんであれば、軸足を少しずつそっちに移していって、どこかで切り替えて、本業をそっちに移していくような形にすれば、断崖絶壁から飛び降りるようなことにはならない。

北野:兼業や副業がもっと普及すれば、ソフトランディングが可能だと。

柳川:そうです、やっぱり悲壮な決意を持った転職じゃなく、もう少しスムーズに、ある意味気楽に他のスキルを身につけたり、転職をする機会を見つけたりできる必要がある。兼業・副業を通じて、世の中は少しずつ変化していくんだろうなと思います。

「元気はあるがスキルがない60歳」にならないために

北野:一方で、この「副業を通じた学び直し」って、今のおじさんからしたら、まだリアリティがないと思うんですよ。というのも、「なんで、わざわざ俺がもう一回学ばないといけないんだよ。俺は今の会社でいい。それに、今から学び直しなんて、本当にできんのか?」と内心では思っている方も多いと思うんで。

柳川:おっしゃるように、50歳、60歳ぐらいの人が、これからの社会で活躍し続けられるような能力をどうやって身につけていくのかというのはかなり大きな課題です。でも、それはもう避けられない。日本は今後、労働人口が減っていくこともあって、人手不足が進んでいきます。ただ、やっぱりいくら人手不足でも能力がないと働き口はないので。だから学び直しだとか、リカレント教育っていうことを私は強く言い続けているんです。

北野:なるほど。

柳川:今の60歳の人はすごく元気なんで、体力的には大丈夫なんですよ。問題は、やはりスキルの陳腐化のほうで。ずっと同じ仕事だけをやっていて、自分はこれ以外できないとと思い込んでる人もいます。そうなると、採用する側としては「その人は使い勝手悪いよね」という形にならざるをえない。でも、本当は他でも活躍できる人は多いと思うのです。やはりもう少し発想を切り替え、能力を身につけて、元気に活躍できる50、60歳をつくっていかないといけないですね。

「転職できる時期」と「転職を考える時期」がズレるわけ

北野:僕は、40歳定年制のいいところは、医療の「インフォームド・コンセント」と同じだと思うんですよ。つまり、「キャリアの節目」を設定してくれているから、事前にわかる。「あと5年で40歳。定年になるぞ!」とわかるので、それまでに次の準備ができる。

でも、そのとき、一番難しいのは「自分の市場価値が何によって決定されるのか」がわかっていないこと。「市場で評価されるかどうかわからないスキル」を鍛え続けても、誰も幸せにならないですよね。つまり意外と人って「40歳で転職するのが決まっていても、何をすればいいかわからない」と思うんですよ。

今回書いた『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』では、その判断軸を示したかったので、市場価値の要素を3つに分解しています。具体的には、四角い箱で整理しています。

市場価値(マーケットバリューの測り方)(『転職の思考法』より)

北野:「転職」についても聞きたいんですが、40歳定年制になった場合、「転職マーケット」への影響はどんなものがあると思いますか?

柳川:かなりの人数は同じ会社でリニュー(再雇用)されると思うんですよね。仮に40歳定年制が導入されたとしても、実際に転職するのは三割ぐらいだと思います。やっぱり会社は、うまくいってる人であれば、その人に働き続けてほしいと思うわけなので。ただ、うまくいってない人も会社にはいる。そういう傾向は、40歳定年制じゃなくても、実は実質的には今でも起こりつつあるんですよね。

北野:そうですね。

柳川:それが、ちょっと「告知する」のが遅いんですよ。「本人が転職できる時期」と「会社がこの人ちょっと無理かなと判断する時期」にズレがあるんです。そこは結構今苦しいところですね。

北野:だからこそ「インフォームド・コンセント」が必要だと。

転職は社会に「比較優位」をもたらす

北野:僕は、40歳定年制が実現して転職が今より活発になれば、社会に「比較優位」をもたらす気がしているんです。僕は新卒では広告代理店にいたんですけど、そのときの「コピーライティングの才能」って多分普通の人より「ちょっとはある」程度だったと思うんですよ。でも、今転職し、人材業界に来て、編集やコピーライティングするようになると、コピーライティングができる人は少ない。コピーライティングとか、見出しのつけかたが、相対的に一気に上手になったわけです。

これ、博報堂では「そんなに価値はなかったもの」が、こちらに転化させたとたんにすごく価値が出たということですよね。これは経済学でいうと「比較優位」の話です。だから僕は転職は「比較優位を世の中にもたらすこと」でもあると感じるんです。

柳川:博報堂のような「大企業」にいるとそんなに特別な才能と思えないものが、別の産業に行くとすごく役に立つ、あるいは、別の企業に行くとすごく役に立つみたいなことはいっぱいあると思うんですね。特に中小企業へ行くと、大企業の中にいるとありふれた能力に見える人材が不足しているところはたくさんあって、マネジメントの経験だったりとか、経理の経験だったりとか、高度な営業の経験は不足していたりする。なので、自分が本当に必要とされるところを見つけることですよね。

北野:そのときに、やはり重要になるのは「本当にその会社が合うか」だと思いますか?

柳川:それもあるし、もうひとつはやっぱりどうしても給料でしょうね。給料がいくらでもいいと言えば、自分を雇ってくれるところが見つかる可能性は高まりますが、今の会社の「そこそこの給料」を犠牲にしてまで転職して本当にいいのかとやはり考えてしまう。

北野:だからこそ、自分の「市場価値」を設計していきなさい、ということですよね。

もう、会社は「伸びる場所」に連れて行ってくれない

北野:今回の本の主要なメッセージのひとつに「若い人は成長産業に行ったほうがいい」というものがあります。要は、成長産業は働く人が座れる「イス」の数が増えているし、新しい技術も身につくと。一方で、成熟している産業は、そもそも「イス」が少なくなっていっているし、そこで身についた技術は今後他で通用しない。しかも、そこにあふれている年配の方たちもたくさんいるので、若い人にチャンスが迷ってきづらい。ですので、若い人ほど、迷ったら伸びている、あるいは今後伸びる産業に行った方がいい。すごいシンプルにそういうことを言っているんですが、これ、柳川先生はどう思われます?

柳川:そういう面は多々ありますよね。昔は伸びている産業に会社自体が進出してくれるから、自分が行かなくても、会社が連れて行ってくれた。だから会社にいればよかったんですよ。でも今はどうするかというと、M&Aによって伸びている産業にいる会社を買うことで進出するわけですよ。その結果、買収元の会社の人は実は伸びている産業にいけないという話になってきている。

北野:なるほど。もう、「会社が連れて行ってくれなくなった」ということですよね。

柳川:そう。だから、新しく活躍する場を作ろうと考えている若い人は、そういう成長機会のあるところに仕事を見出したほうが、チャンスが広がると思いますよ。

(続)

この対談は全3回です。第1回はこちらから。