◆組織の常識に挑む社員たち
◇説得力のある意見が採用される

 冒頭に登場した奥入瀬渓流ホテルは、2008年から観光客が激減する冬季の営業を停止してきた。しかし2017年、9年ぶりの冬季営業に踏み切ることとなった。その中心となったのは、同ホテルの総支配人・宮越氏だった。

 同ホテルの客室稼働率は、紅葉の見ごろである10月をピークに、11月に入った途端に落ち込む。一方、旅行ニーズに合わせて施設の魅力を高めていった。加えて「苔さんぽ」などプログラムを充実させたこともあり、2016年の春から秋の客室稼働率は平均で80%を超えた。そんな背景があり、宮越氏は、次なる挑戦として冬季営業の再開を考えたのだった。

 しかし星野代表は、冬は無理だと絶対に譲らなかった。星野代表を説得するため、宮越氏は現地の冬の魅力を再発見すべく奔走する。するとそこには、凍てついた渓流の滝をはじめとし、美しい景色が広がっていた。宮越氏は、「冬の奥入瀬も魅力的だ」という確信を深めた。スタッフや旅行代理店、行政にも相談したところ、宮越氏の考えに賛同してくれ、冬季営業が再開したのだった。

 驚くことに、星野代表は冬季営業再開をOKした覚えはなく、むしろいまだに反対の立場だと言う。冬季営業を再開すると決めたのは、トップではなく現場だったのだ。星野リゾートには「トップにお伺いを立てる意思決定プロセス」は存在しない。トップの意見ではなく、説得力のある意見が採用されるのだ。

◇立候補プレゼン制度で能力を試し、伸ばす

 星野リゾートでは、入社2年目以降の社員であれば誰でも、ユニットディレクター(UD)や支配人に立候補できる仕組みがある。立候補者は、組織運営の目標や戦略を全社員に向けて発表する「立候補プレゼン」を行い、社員の評価をもとに判断される。

 これまで3つの施設で総支配人を務めた永田氏も、立候補プレゼンから活躍のフィールドを広げてきた。スパ業務を担当するスタッフの育成を担当していた彼女は、退職していくスタッフの多さに胸を痛めていた。その現状を星野代表に訴えるも、具体的な改善策を持たなかったために、取り合ってもらえなかったという。正義感に燃えた永田氏は、スパ統括部門を新たに設置することを提案するとともに、そのUDに立候補した。部門新設は見送られたが、彼女は、スパ設備を持つ施設「星野リゾート ウトコ オーベルジュ&スパ」の総支配人に就任することとなった。永田氏のマネジメント経験はまだ浅く、リーダーとしては未知数だったが、会社は永田氏の意欲と可能性に懸けたのだ。

 永田氏が総支配人に就任した「星野リゾート ウトコ オーベルジュ&スパ」は、東京から遠く、業績が低迷していた。しかし永田氏が総支配人に着任して1年が経過すると、業績は上向いてきた。彼女は、星野リゾートの総支配人の誰よりも多くスタッフとコミュニケーションを取るようにしていたのだった。コミュニケーションを取りながら、スタッフが自分で考え、動き始める現場を目指し、実現させたのだ。

 実は星野代表は、「永田さんが総支配人としてここまで活躍するとは思っていなかった」という。上司が見るだけで、人の能力を把握することはできない。その人の能力は、やってみないとわからないし、ポジションに就くことで能力が伸びることもある。だからこそ、自分の力を自由に試せる環境が採用されているのだという。