中村氏が憤る
日本の医師は「勉強不足」

 実は、今でこそ「世界的なゲノム研究者」として知られる中村氏だが、最初から研究の道にいたわけではない。若かりし頃は、がん患者をひとりでも救うべく奮闘していたひとりの外科医だった。

 大阪大学医学部卒業後、救急医療、小豆島の町立病院などさまざまな医療現場を渡り歩いた「中村医師」は、「がん」というものに対する己の無力さに打ちのめされていた。切除してもすぐ再発。抗がん剤も効果がない。「お腹の塊をどうにかして」と泣き叫ぶ患者を前に、中村氏は涙をこらえることしかできなかったのだ。

 どうすればこの人たちを救えるのか。思い悩むなかで、同じがん・同じ進行度合いでも、抗がん剤が効く患者と、まったく効かない患者がいるということ着目し、この「個人差」は「遺伝子の差」が関係しているのではないかという結論に至った。そこで海外の医学雑誌で知った、遺伝性大腸がんの研究をおこなう米・ユタ大学のレイ・ホワイト教授のもとへ手紙を書き、遺伝子研究に参加した。まだ「ゲノム」などという言葉は、日本の医療界だけでなく、米国の研究者にもそれほど知られていなかった時代のことだ。

 研究の世界に飛び込んだ中村氏は、「がん」と「遺伝子」の謎を解き明かすためがむしゃらに研究に没頭。そこで発見した多くのDNAマーカーは、世界中の遺伝子研究者から「ホワイト・ナカムラマーカー」と呼ばれ、遺伝性疾患やがん研究に大きな貢献を果たした。

 がん患者を救いたい。その一心だけで「医師」から未知の世界に乗り込んで、徒手空拳でゲノム研究の道を切り拓いてきた中村氏にとって、「日本の医師」は生ぬるくてしょうがない。ましてや、「標準治療」というガイドラインから外れた患者に、ああだこうだと屁理屈をこねて、何も手を差し伸べようとしないような医師は、「職務怠慢」以外の何物でもないのだ。

「一言で言えば、勉強不足。たとえば、世界のがん医療で常識となっている免疫療法に対して、『エビデンスがない』などと主張している医師がまだ大勢いる。海外の論文に目を通していないか、科学の基本的な素養がないとしか考えられません」(中村氏)