「どうすれば、一生食える人材になれるのか?」
「このまま、今の会社にいて大丈夫なのか?」
ビジネスパーソンなら一度は頭をよぎるそんな不安に、発売1ヵ月で4.5万部を重ねるヒット作『転職の思考法』で鮮やかに答えを示した北野唯我氏。
北野氏はかねてからキャリアに対する論考をブログで発信し、大きな反響を呼んできた。本連載では、反響の大きかった北野氏の論考をあらためて紹介する(北野氏の個人ブログ「週報」2017年11月1日の記事『「適職と、天職の違い」で悩む、35歳。』より一部加筆修正のうえ掲載)。

あなたと、全く同じキャリアを歩む人は誰一人もいない。だから多くの人が相談したいし、議論したいのだと思う。

先日、中目黒で30歳前後の人に向けた、キャリアに関するトークイベントを行った。僕は会場を眺めながら、少なからず何かしらの悩みがあって訪れたであろう20名の参加者に対して、ぼんやりこう感じた。

— あぁ、やっぱり、キャリアというのは、「恐怖」との戦いなんだなぁ、と。

北野唯我(きたの・ゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。

振り返ってみると、人は「恐怖をどう捉えるか」によって行動パターンがきまっている。そしてこの“行動パターン”は、恋愛でもビジネスでも、(予測可能な範囲の)結果をほとんどコントロールしている。 キャリアというのは、まさにこの「恐怖」との戦いなのだと思う。

冷静に考えて、僕らと、全く同じキャリアを歩む人は誰一人もいない。自分と同じ顔に生まれ、同じ歳で結婚し、子どもを産み、同じ仕事を与えられる人などいない。だから多くの人が自分のケースを相談したいし、議論したい。第一回のイベントで、定員20名に対して、280名もの応募があったのは、誰もがこの「恐怖」に立ち向かっている証左なのだと思う。

僕は不幸なのか、幸いなのか、20代で大企業を二回やめているため、その気持ちがとてもよくわかる。恐怖との戦いだった。そして今、振り返ってみてこう感じている — 日本のビジネスマンが抱える悩みは、大きく3つに集約される、と。

「適職と、天職の違い」で悩む、35歳に伝えたい

先日、大学時代の先輩から久しぶりにメールが届いた。先輩は、先日僕が書いた記事を読んだらしい。

「仕事を楽しむ方法」について書いたこの文章は、強い反響があり、「3日連続読んで、3回泣きました」という言葉までもらった。20代の、理想と現実の狭間に揺れる、リアルな気持ちを突き刺す文章だったのだと思う。

僕はその頃から“この病”に、名前をつけるとしたら、なんだろうか?をずっと考えていた。そして、どうやら日本のビジネスパーソンの悩みは3種類に分かれることに気づいた。

25歳:やりたい業務と、担当している業務とのGAP(やりたいことができない)

30歳:会社のステータスと、自分の実力のGAP(社会的な評価への違和感)

35歳:適職と、天職のGAP(心からワクワクしない)

メールをくれた先輩は今、35歳。そんな彼が悩んでいたのは、この3つ目だった。言い換えれば 「適職と、天職の違い」だった。適職は、自分に合っている仕事。天職は、その人だけに与えられた仕事。両者は少しだけ違う。

天職は「自分のことを表現できている実感」を味わえるか、どうかで判断できる

では、一体、天職とはなんなのだろうか? これに最も的確に答えた言葉は、元アスリートの為末大さんの言葉だと思う。為末さんは、以前、対談させて頂いたことがある。

北野「天職とは何か」ということをお伺いします。僕は天職を「お金が死ぬほどあってもやりたいこと」と定義していますが、為末さんはいかがでしょうか?

為末:おっしゃることに同意します。もし僕なりの解釈を入れるとしたら、「自分を表現できている」実感があるかどうかですね。会社を始めてから、世の中には溢れるほどやりたいことがある人ばかりじゃないことに気付きました。そんな人たちにとっての幸福な仕事の仕方は「何でか分からないけど、すごく上手にできる」とか「どうしてこんなに人に喜ばれるんだろう?」みたいなところにあると思います。それって、自分を表現できているかどうかなんですよね。

そう、まさに僕が先輩に伝えたかったことは、これだった。適職と、天職はとても似ている。適職は「自分がうまくやれること」であるし、「稼げること」でもある。

だが、天職は違う。天職はこれに加えて「自分を表現できている」という強い実感があるのだ。 例えば、ある有名なウェブライターは、自身の執筆業について聞かれたとき、「息を吸うように文章を書いている」と笑顔で語っていた。彼女にとって、書くことはまさに自分を表現できているという実感を感じるものなのだ。 このように、天職は「自分を表現できている」という実感を伴うものなのだと思う。

特別なのは、その仕事ではなく、先輩。あなたなのだと思う

僕が先輩に感じた違和感もまさに、これだった。先輩は大学時代から「つくること」を楽しめる人だった。こういう人は、どこに行っても大丈夫だ。周りといい関係を築けるし、他者と共同し、仕事の本質をまっすぐに進むことができる。彼のような人間は、転職しても活躍できるし、大企業でも、ベンチャーでも楽しむことができる。

だが、この「つくることを楽しめること」は残念ながら、誰もが与えられた才能ではない。努力を前向きに積み上げてきた人にだけ与えられたギフトなのだ。小学、中学、高校、大学と「与えられること」に慣れてきた人たちにとって、「つくること」を楽しむことは容易ではない。

だが、先輩はそれができる素養があった。 だから、僕はこう伝えた。

特別なのは、その仕事ではなく、先輩。あなたの方なのだと思います――

冒頭に書いた通り、人間を支配しているのは「恐怖をどう捉え、行動するか」だ。そして恐怖の正体は大体「よく知らないこと」と「勇気が足りないこと」に起因している。だから僕らは、その背中を押すために、『転職の思考法』を書き上げたのだ。