現代のような不透明かつ複雑な低成長時代にこそ、ビジネスパーソンが目先の売上・利益の増減に一喜一憂する「PL脳」のままでは命とりとなるーー! 代わりに、成長を描いて意思決定する頭の使い方「ファイナンス思考」を身に付けなければならない、と強調する元ミクシィ社長の朝倉祐介さんの新刊『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』より、今こそファイナンス思考がビジネスパーソンの武器になる理由を紹介していきます。

 現代の日本企業、とりわけそこで働くビジネスパーソンにとってファイナンス思考が必要なのはなぜでしょうか。それは、会社を取り巻く環境がますます複雑になり、将来の見通しがより困難になっているからです。

 PL脳は、高度経済成長に最適化した思考形態です。右肩上がりの継続的な市場拡大が期待できる時代であれば、市場の伸びに合わせて生産規模を拡大し、供給量を増やして売上やシェアを伸ばすことが最適な経営方針です。将来の市場規模を高い確度で予測できることを前提とし、その規模にあわせて生産を計画するという点で、これは非常に「計画経済的」な手法といえます。需要が拡大する中で、商品やサービスを精緻に作り込むことにこだわりすぎると、市場の広がりに追いつくことができません。結果、小規模なニッチプレーヤーになってしまうことでしょう。

 高度経済成長期に、事業の進捗度合いを評価する判断軸として機能したのが「昨対比(前年対比)」でした。変化が乏しく、直線的に市場が成長する状況であれば、「去年よりも今年。今年よりも来年」と事業の連続的な成長を管理してめざすPL脳の発想でも、十分に会社を成長させることができたのです。

 一方、社会が成熟化し、多くの業界で右肩上がりの成長が見込みづらい時代になると、昨対比での意思決定は困難になります。縮小する市場で事業を展開しながらも、新たな市場を開拓する必要に迫られた局面では、既存の事業や業績にとらわれず、時として非連続にジャンプする仕掛けが必要です。ただ、こうした挑戦は往々にして短期的な業績数値を悪化させるものです。昨対比での直線的な成長を志向するPL脳では踏み切ることができません。また大きな仕掛けには、大規模な投資に向けた資金繰りや財務余力といった財務戦略が欠かせません。PL脳を引きずったままの経営では、低成長時代における会社の停滞局面を打破することができないのです。

変化に対応する不確実性のマネジメント

 経済の低成長に加えて、グローバル化の一層の浸透、テクノロジーの急激な変化により、会社を取り巻く環境の複雑性、不透明性はますます高まっています。当たり前だと思っていた競争環境が、1年も経つとガラリと変わってしまうことも、決して珍しくありません。

 経営戦略を考える古典的なフレームワークとして「3C」があります。顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)という3つの観点から自分たちがビジネスを行う市場環境をとらえ、最適な戦略を構築しようとする考え方です。

変化の激しい時代のマネジメント
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 市場が安定的に推移しており、将来の予見性が高い競争環境であれば、時間と予算をかけて自社が置かれた環境を3Cの観点から分析し、3年から5年先の経営方針を固めるといった方法論も十分に意味をもつことでしょう。ところが、前提条件が目まぐるしく変わる状況においては、固定した競争環境を想定することはかえって会社の成長を妨げることになりかねません。技術革新によって顧客の購買行動が急激に変わることがありますし、数年前には存在しなかったような新興勢力によって、自社製品が代替されてしまうかもしれないからです。

 こうしたフレームワークを駆使して会社の問題を解決しようとするのが、伝統的な経営コンサルティング・ファームのアプローチです。問題に対する答えが存在することを想定し、数ヵ月の時間を費やしてその答えを特定し、実行していこうとする点で、伝統的な経営コンサルティング・ファームの手法は、計画経済的な側面を有しています。

 私も大学を卒業後、外資系のコンサルティング・ファームで経営コンサルタントとして働いていましたが、こうしたアプローチは、前提条件の変わりにくい環境下での問題解決と非常に相性がよいことに気づきました。典型的な例が、製薬企業における医薬品のマーケティング・プロジェクトです。

 製薬企業は、10年以上にわたる治験を経て医療用医薬品を商品化しますが、発売後の医薬品の価格は、厚生労働省によって厳格に定められます。製薬企業がさらなる研究開発を行い、新薬を創出する資金を確保するために、特許期間が終了するまでの間は高い価格が固定されるよう、薬価は規制されているのです。

 このように、価格や競合製品、顧客が急変しない、不確実性の低い市場環境であれば、時間をかけて最適なマーケティング方法を検討する猶予もあります。計画経済的な経営手法が極めて有効に機能するのです。また、高齢化が進行する日本社会では、医療費が膨らむ一方であることからもわかるとおり、ビジネス的側面から見れば、医療は21世紀の日本における高度経済成長真っ只中の市場であるともいえます。付け加えると、コンサルティング・ファームから請求される高額のフィーを払う資金的余力があるという点も、製薬企業と経営コンサルティング・ファームの相性がよい一因なのでしょう。

 一方で、たとえば私が事業を行っていたインターネット企業の場合、そうはいきません。私自身、国内で圧倒的なシェアを誇っていた自社サービスが、短期間に海外発のサービスに駆逐され、あっという間に衰退してしまうといった競争環境の急変を経験しています。また、従来型の携帯電話(ガラケー)からスマートフォンへの急速なシフトという技術的な環境変化によって、ガラケーを対象とする広告市場が短期間で縮小し、スマートフォンに最適化した新興サービスが急速に普及したという顛末も体験しました。

 このように、目の前の競争環境が短期間に一変してしまうようなダイナミックな市場では、1年前の競争環境や市場予測を前提として事業方針を組み立てることはできません。じっくり検討するよりも、むしろ実際に行動することで仮説の成否を探るほうが、よほど有効に機能するのです。

 変化に適応する組織は、自社サービスの方向性に関する仮説を、短期間のうちに小規模の予算でテストしながら市場性を探り、事業機会を発見したら一気にお金や開発人員を投じて拡大を図ります。それに際し、不足しているリソースを迅速に調達する準備をあらかじめ整えておく必要があります。また、事業のリスクと自社の財務余力を踏まえ、どのように資金を準備するかも検討しなくてはなりません。このような事業開発と財務戦略を、みずから設定した時間軸の下で組み立てていくことが、変化の激しい競争環境では求められるのです。

 3Cに当てはめれば、移り変わる顧客の状況を短いサイクルで分析し、自分たちの競合が誰なのかを常に再定義したうえで、外部環境の変化に瞬時に自社を最適化するといった動作が求められます。このように競争の前提条件がダイナミックに変化する市場では、自社ビジネスを磨き上げる(PL改善)だけでは対応できません。企業価値向上に向けた道筋を、意思をもって設計し、それに即した打ち手を講じていく必要があるのです。