その時代、審判員にはイニングの間に冷たいタオルが提供され、グラウンド整備の間は日陰の控室で美味しそうに水を飲んでいた。もちろん、審判員が高温や水分補給を我慢する必要はないのだが、元球児の筆者には羨ましかった記憶がある。当たり前だが、13年山梨大会の取り組みには、7回終了時の5分間に「審判員も控室に入り休憩や水分補給」などを求めている。

今思う「あれに何の意味が…」

 では、三十数年前はどうだったか。同世代だと野球部に限らず、他の運動部でも同様の「あるある」だろうが、我々が「水を飲むな」の最後の世代だった。ご存じではない方々に実態をお伝えしたい。

 まず前述の通り、練習中の水分補給は禁止である。

 口頭で直接「水を飲むな」と監督やコーチに命じられていたわけではないが、それが当時は常識だった。比較的涼しい春や秋は何とかなるが、それでも快晴だときつい。もちろん、真夏に耐えられるわけがない。それでは当時、どうしていたのか。

 結論は「隠れて飲む」しかない。

 筆者の野球部では、バッテリー組はランニングのため「ロード」と称してグラウンドから脱出。野手組はシートバッティングやノックで移動する際、バッグネット裏のグラウンドから死角になる用具室裏の蛇口や、3塁側にあったトイレの脇から路地を少し抜けた民家の玄関前にある水道(おばあさんの1人暮らしで、だいぶ昔の先輩が了解を得ていたらしい)でのどを潤していた。

 ただ、うまくタイミングをつかめず水分補給をしないままレフトのポジションに戻り、フラフラになって耐えきれず、フェンスを乗り越えて田んぼ脇の用水路に顔を突っ込んだという同級生もいたから、昔の高校野球では「いかにうまく立ち回るか」も大事な能力だったと言える。これは、ほかの高校の野球部も同様だったのではないだろうか。

 水の問題とともに疑問だったのが「セッキョー(説教)」と称される後輩いびりだ。

 1年生が入部した最初の合宿で、2年生が「気合を入れる」との名目で全員を正座させ、とにかく理解不能な言い掛かりをつけるというものだ。このセッキョーは年代や出身地が違っても、高校野球経験者なら誰でも知っている言葉だったから、おそらく高校球児の「共通語」なのだろう。

 このほか、これは筆者の野球部特有の後輩いびりと思うが「セミ」というのがあった。