裁く側も認知症ケアに悩む設定

 しかし、現在は取り上げ方に変化が見られます。第5回(「介護保険制度改正で政策迷走、30年前の映画を見れば原点が分かる」)で紹介した『毎日がアルツハイマー』は、認知症となった実母との生活を娘、そして映画監督の視点で取り上げています。既に映画は3作まで作られており、いずれも実母との介護生活の苦楽を時に笑い、時に涙を交えて追っ掛けている良質なドキュメンタリー映画です。

 2004年製作の『半落ち』は、妻の啓子(原田美枝子)を殺害してしまった元警察官の梶聡一郎(寺尾聰)の謎を巡るストーリーです。この映画では、アルツハイマー型認知症になった啓子が殺してほしいと懇願、聡一郎が「壊れ切ってしまう前に、啓子が啓子であるうちに死なせてやりたかった」と考えて啓子を殺してしまう筋書きで、かなり重い内容です。

 しかし、映画の後半では若手裁判官の藤林圭吾(吉岡秀隆)が梶を裁くべきか悩む際、彼と彼の家族が直面している認知症ケアの経験が判断に影響する設定になっています。

 具体的には、同じく裁判官だった父、圭一(井川比佐志)はアルツハイマー型認知症になったことで、圭吾の妻、澄子(奥貫薫)が家族介護で苦労しており、圭吾は梶を裁くべきか否か悩んでいるのです。この映画を見ると、罪を犯した側も、それを裁く側も認知症ケアの苦労を共有している点で、「認知症は特別なことではない」という思いを持つに至ります。

 この点については、2017年に公開された『ケアニン~あなたでよかった~』も同じです。映画では、認知症になっても1人の人間として尊重すべき点がストーリーの骨格として描かれています。そして、認知症になった高齢者を演じた水野久美自身が、認知症を身近な問題として認識している様子については、「50年連れ添った付き人が認知症になってしまったんですよ。(略)自分じゃ認知症って分からないじゃないですか。だから周りが分かってあげないといけない」と述べていることからもうかがえます(『週刊ダイヤモンド』2017年8月12・19日合併号)。

 こうした映画の数々を比較すると、平均寿命の延伸と高齢者人口の増加を受けて、認知症が一般的なこととなった様子、そして社会としてどう対応するかを問う映画が増えている点をご理解いただけると思います。