「他の人がアップしている画像を見るのも好きでした。同性、異性にかかわらずです。

『いつもこんなふうに呟いているけど顔と全然イメージが違うなぁ』という意外性や、『この人かわいい!』という感激、『私と同じような人なのかも…!』というワクワク感、『想像通りの顔をした人だった』という答え合わせができるうれしさ、などを他の人の顔画像を見ることで味わうことができました。

 こういった楽しさに加えて、顔画像を見るとその人に親近感が湧きました。写真を見る前に相手に対して抱いているイメージよりは、少なくとも本当の顔を知ったあとの方が相手に近付けているというような……。

 私は、SNSはみんなで仲良く楽しくやりたい派なので、周りにも『私の顔画像で楽しんでほしい』『親近感を持ってもらいたい』という思いで顔画像をアップしていました」

 自撮り画像をアップすることが、いわゆる狭義の“承認欲求”とは別の次元で、SNS上でのコミュニケーション手段として用いられていた、ということである。

 誰かが輪を盛り上げるために、あるいは信頼関係を築き上げていくために冗談を言う…この時、発せられた冗談はコミュニケーションの発展において必要と見なされた要素だが、Dさんにとっては“自撮り画像のアップ”がこの“冗談”と同様の位置付けにあったようである。

 Dさんはやがて自撮り画像を投稿しなくなった。それはなぜか。

「しばらくそのスタンスでSNSを続けていましたが、周りを見ているうちに『私のように考えている人ってあまりいないのかな』と感じるようになりました。別に親近感なんてみんなあまり意識していないのかなと。それで、私とそれ以外の人との温度差に気持ちが徐々に冷めていきました。

 スタート地点が私の勝手な思い込みだったので、道中どこかで違和感を覚えるのは当然の結果です。なるようになって今に落ち着いた、という感じですね」

過激な写真もネタになる
需要あるところに供給あり

 Eさん(21歳男性)がTwitterに寄せたある投稿に多くの「いいね!」がついた。それはEさんとその友人Fさん(男性)が公園でキスをしている写真であった。2人が嫌がっている様子はなく、互いの腰あたりに手を優しく添えて、唇あたりからは「ぶっちゅー」という擬音が聞こえてきそうな激しさすらある。