a東 圭三(富士通AIサービス事業本部長) Photo by Masato Kato

 富士通の異才研究者がそのチップを作ったとき、誰もその潜在力を理解していなかった。2016年に試作品ができたそのチップの名は「デジタルアニーラ」。スーパーコンピューターを凌駕する処理能力を持つ量子コンピューターの動作原理を、既存技術のデジタル回路で実現したものだった。

 米グーグルや中国アリババなど名だたる企業が開発競争を繰り広げる量子コンピューターに近い処理能力を、富士通は既存技術の延長線上で可能にした。その計算速度は、富士通などが開発したスーパーコンピューター「京」が8億年かかる計算を、1秒で処理できるという驚異的なものだ。

 だがチップができた当初、その事業化を任された東圭三も、「魔法の箱みたいだ」とぴんときていなかった。京の開発に携わった東ですら、デジタルアニーラの可能性を理解するのは難しかったのだ。

 翌17年4月、東はデジタルアニーラの潜在力を出張先のカナダで知ることになる。

「すぐにでも事業化できる」。現地のソフトウエア会社、1QBitの幹部がデジタルアニーラの性能に舌を巻いた。

 1QBitは量子コンピューター向けのソフトを開発していたが、現状の量子コンピューターは発展途上で、実社会の課題を解決するには限界があると感じていた。