そもそも社会に功利主義的心理が蔓延したのは、どういう理由や背景からなのか。これを考えることは、「反安倍陣営」だけではなく、これからの日本の政治のありようを考えるうえでもポイントになるはずだ。
 
 団塊ジュニア世代以降、つまり1970年代中盤以降に生まれた人のメンタリティーについてよく言われることだが、大学に入る頃の年齢にはすでに冷戦構造は終結しており、本格的なイデオロギー対決を目の当たりにして、熱くなるという経験をしていない。

 加えて、高度成長やバブルの恩恵を受けることもなく、日本経済はこれから下り坂であり、君たちの未来は明るくない、ということを散々言われてきた。受験や就職の方式もかなりフォーマット化されるようになった。

 社会全体がいい方向に大転換する可能性がないのなら、せめて悪化させないよう現状維持し、自分の将来の生活を保障してほしいと思う。そう考える人がいまや社会の中核になっているということだ。

 具体的な見通しがないまま、正義の原理で社会の基本構造をいじると、ろくなことにならないという実例を民主党政権が作ってしまったことが、決定打になってしまった。

 安倍政権は自衛隊の行動の自由を広げるための改憲を目指しているが、それ以外のことでは、「美しい国」「美しいふるさと」というような抽象的なスローガンを掲げているだけである。普通の市民の生活を極端に困難にするようなことは実際にはやりそうにないと見えている。

 政権与党はそれでよいのだが、政権交代を目指す野党には、こうなるとなかなかチャンスがない。かといって、先に述べたように、政権の揚げ足取りだけでは、不安をあおるだけである。

 一般有権者、特に若者が「より豊かな社会」あるいは「より公正な社会」のイメージを抱けるよう、政党が一緒になってイメージトレーニングする必要がある。それは時間がかかることだが、時間と労を惜しんではならない。

具体的なヴィジョン掲げて
政策の対立軸を作れ

 小選挙区制になって自民党内での議論がなくなり、みんなが総理総裁の顔色をうかがうようになったという声もあるが、肝心なのは、政策的な対立軸があるのか、ということだ。