老いは「伝染」する―細胞セネッセンスとヘイフリック限界

「ではここで、老化の一般的なメカニズムを押さえておくとしよう」
私が言葉を失っているのもおかまいなしに、スコットは立ち上がって「講義」を続けた。そう、まさにこれは講義だった。「エロジジイ」とのちょっとした雑談にやってきたつもりが、いつのまにか私は、彼の話にグイグイと引き込まれている。

「ミワが大嫌いな『皮膚の老化』を例に取ろうか。そう、歳をとると皮膚にシワができ、ハリがなくなり、たるんでくる。なぜかわかるかな?
皮膚の表皮細胞は、それ自体が分裂を繰り返して、皮膚を新しく保ってくれる。しかし、その一部はやがて本来の機能を失ったり、さらに分裂することをやめてしまうんじゃ。これが細胞のセネッセンス(Cellular Senescence:細胞老化)じゃ。

体細胞が老化細胞に変化するのには、じつにさまざまな原因がある。たとえば、われわれが呼吸を通して取り込んだ酸素は、実際には細胞が消費しているわけじゃが、その際にはフリーラジカルという物質が生み出される。これがダメージを与えること(酸化ストレス)で、細胞がセネッセンス状態に陥ることがわかっておる。これ以外にも、DNAの障害、ミトコンドリアの機能不全、紫外線・化学物質など、さまざまな原因が絡み合って、体細胞の老化が起きているんじゃ。

しかも厄介なことに、この老化は“伝染”する。老廃物やリポフスチンというゴミが溜まった老化細胞は、SASP(Senescence-associated Secretory Phenotype:細胞老化関連分泌現象)という炎症物質を出して、周囲の体細胞の老化をも促進してしまうからな。身体の一部だけでなく、全身で老化が進んでいく背景には、細胞レベルでこのようなメカニズムがあるというわけじゃな」

私の脳裏には、箱詰めのミカンの映像が浮かんでいた。一つでもカビが生えてしまうと、そのカビはあっというまに周りのミカンに広がっていってしまう。あれとまさに同じことが私の細胞で起きているわけだ。

「……ということは、体細胞の老化を引き起こすストレスをうまく回避すれば、若いお肌のままでいられるってこと?」
ようやく私にも質問を挟む余裕が生まれてきた。
「ある意味ではそういうことになる。ただ、じつを言うと、なかなかそう簡単にもいかんのじゃ。というのは、体細胞が分裂できる回数にも限界があるからな。この回数のことをヘイフリック限界という。ヒトだと50回ぐらいの分裂が限界と言われておる。
興味深いのは、ほかの生物では例外があることじゃな。ヘイフリック限界を発見したレオナルド・ヘイフリックによると、チョウザメやアフリカワニなどの体細胞には、分裂回数の限界がないらしい。まあ、サメやワニに生まれ変わりたいかどうかは、人それぞれじゃが……」
また毒舌だ。日本語に「サメ肌」という言葉があるのは、まさか知らないと思うが……。