「老人はさぞ醜く見えるじゃろう?」
何も返事をしなかった私の心を見透かしたように、スコットがもう一度聞いてきた。私はふうっと息を吐いて答える。
「ええ、まったくそうね」
私は少し離れた窓際の席に一人座っていたが、彼らがスープを舐めるピチャピチャという音や、咳払いや鼻をすする音が聞こえてくることに内心イライラしていた。どうして歳をとった人間はこうもみっともないのだろう。
「それはそうと、昨日は本当にありがとうございました」
話を切り上げる意図もあって、私はスコットに改めて深々と頭を下げた。老人は独特の奇妙な笑い声をあげたあと、うなずきながら語りはじめた。
「いやいや、礼には及ばんよ。その代わりに……というわけじゃないが、もしよければ朝食後にわしの部屋でお茶でもどうじゃ?」
「……?」

私は一瞬固まったが、即座に得心がいった。「助けてやったんだから、部屋に来て話し相手になれ」というわけだ。図々しい話だが、こちらも世話になったのは事実。相手は自分よりも小柄なシワくちゃの老人であり、いざというときは自分で身を守れるという自信もあった。
私はスコットの誘いに笑顔で応じた。ここで付き合っておけば、借りは返したことになるはずだ。
「……ええ、喜んで―」

「老い」を克服する、最も確実な方法

彼の部屋に入って最初に目についたのは、両側の壁に設えられた大きな書棚だった。そこにぎっしりと詰め込まれた書物を眺めていると、シニアハウスの一室というよりは、大学の研究室を訪ねたような気分になる。
「なんだかニューロサイエンス関係の本が多いのね」
私の言葉には返事をせず、スコットはゆったりとした動作で、テーブルの上に置かれた2つの湯呑みに急須で緑茶を注いだ。日本人である私に配慮してくれたのだろうか。
「昔、日本で買った。わしのお気に入りなんじゃよ」
彼はそう言って湯呑みを傾ける。お茶を飲み込むとき、喉ぼとけが不気味に動いた。羽をむしったニワトリを思わせる首筋だ。横長の顔に大きな目玉。髪の毛はまばらだが、頭部は大きく脳が発達しているのがわかる。改めて観察してみるとじつに奇怪な風貌の老人で、私はいつのまにか、幼いころに見た妖怪図鑑のイラストを思い出していた。

「……で、どうしてそんなに老いることが怖いんじゃ?」
この老人、本当にしつこい。半ばうんざりしながらも、招かれた立場である以上、それなりに話を合わせるしかなさそうだ。
「母の影響が大きいかもしれないわ」私は答えた。
「彼女は日本ではちょっとした有名女優なんだけど、自宅では『アンチエイジングの鬼』なの。あの母親を間近で見て育てば、誰だって歳をとるのが怖くなるはずよ」
「ほう、アキコの娘がな……。そうかそうか。それは無理もないかもしれんな」
「顔にシワやたるみができて、髪が白くなって、足腰が弱くなって。目や耳もダメになる。知らないうちに記憶力も落ちていくし、自分のことがわからなくなっちゃう人だっている。そうして周りから疎んじられて、誰にも振り向かれないで孤独のまま死んでいく……歳をとっても、いいことなんて一つもないと思うわ」