疑惑の張本人が説明をしても
逆効果に終わる

 6月の会見でこのような「タブー」を冒してしまったことに加えて、加計学園がさらに事態を悪化させたのは、(2)の「『疑惑の張本人』が部下の不正を解説してしまった」という点にある。

 具体的には、加計理事長が、愛媛県の文書に記されていた2015年2月の安倍首相との面会というのは、常務理事でもある渡辺良人事務局長が、「ことを前に進めるために、誤解を招くようなことを言った」ことが原因であり、これは「勇み足」だとマスコミに説明したことである。

 ご本人からすれば不本意だろうが、これは加計氏が最も語ってはいけないテーマである。

 加計学園側がどういう認識かはわからないが、一部のマスコミにとって、加計孝太郎氏はいまだに、「限りなくクロに近い人物」という扱いだ。

 こういう「信用ゼロ」の人は、何を言っても、安倍首相の国会答弁と一緒で「嘘をついていないことを証明しろ」「納得できる証拠を出せ」と、いくらでもイチャモンをつけられる。事実、今回の会見でも終盤、記者たちから加計氏には「質問」とは思えぬような、以下のような「説教」がバンバン飛んでいた。

「説明責任を果たしてないでしょ」「ちゃんとやんないと前に進まないじゃないですか」「理事長、何か憮然とされていますけど、今日の会見で十分に話をしたと思いますか」

 ただでさえ記者たちにボコボコに叩かれる加計氏が、問題発言をした部下の心情を代弁して、「勇み足」などと他人事のように解説をしても、「はい、そうですか」と素直に受け取ってもらえるだろうか。「おいおい、お前が言うんかい」というツッコミをされたり、「部下に責任をなすりつけているんでしょ」という新たな疑惑が生じてしまうのが普通ではないか。

 だったら、どうすればよかったか。

 一番いいのは、渡辺事務局長ご本人が出てきて、「勇み足でした」とお話しになることだ。もちろん、これだって柳瀬唯夫元首相秘書官が何を言っても、「首相に気を使って嘘をついているのだ」と聞く耳を持たない人がいるのと同じで、いくらでも茶々を入れることはできてしまう。ただ、それでも疑惑の張本人である加計氏が「代弁」をするよりは、はるかにマシなのだ。

 ご本人が出ることができないのなら、第三者委員会や内部調査のメンバーなどでもいい。日本のトップダウン型組織は、何かの疑惑が持ち上がると、ワンマン社長などトップ自身が出張って、記者たちを相手に、潔白であることを証明しようと説き伏せようとすることが多いが、だいたい逆に炎上をしてしまう。