マーケターとしてキャリアアップを目指すポイントはどこにあるのか? 2ヵ月で10万部を突破したベストセラー『転職の思考法』著者の北野唯我さんが、10/18に最新刊『マーケティングの仕事と年収のリアル』を上梓した山口義宏さん(ブランド・マーケティングの戦略コンサルティング会社インサイトフォース代表)から、マーケティングの仕事の実態やステップアップのポイントを聞き出していきます。(構成:大西洋平、撮影:疋田千里)

本を書いたきっかけは、転職相談が増えすぎたこと

北野唯我さん(以下、北野) はじめまして、Tシャツ姿で失礼します。

山口義宏さん(以下、山口) あ、すみません。超堅いスーツで来てしまい…

いまマーケターを目指すなら、どのカテゴリーがねらい目なのか?北野唯我(きたのゆいが)
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。テレビ番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。著書『転職の思考法』(ダイヤモンド社)は発売10万部と大ヒット中。

北野 いえ、これが私の普段の格好でして、できるだけありのままの姿で来てしまいました(笑)。

山口 私は取材のときは上着もきちんと着ていないと、後で会社の部下に怒られるんです(苦笑)。ともかくも今日は反省しながら参りました。北野さんの著書『転職の思考法』を拝読して、本当に参ったなあ……と。僕の新刊『マーケティングの仕事と年収のリアル』はマーケティング職に特化してはいますが、仕事の需給を見通してステップアップの戦略を描く大切さを強調している点など、考え方のOSが非常に似ているなと思ったんです。でも、結論に至るまでの要件の絞り込み方やフレームワークは、北野さんのほうが100倍ぐらい美しい。「二十代は専門性、三十代は経験、四十代は人的資産(人脈)が大切」とあったのを読んで、自分はこれほど明確に整理できなかったな、と。

北野 ありがとうございます。僕が山口さんの新著を拝読して最初に感じたのは、山口さんの人柄でした。実務家の方の役に立つよう内実を包み隠さず書いていらっしゃるなと感動しました。特にそう思ったのが、(マーケターの仕事の発展段階をステージ1~6として提示しているうち)レベル5のCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)など全ブランドを束ねる立場になると社内政治も重要、と書いてあった点です。これって本当にその通りで、やっぱり、実務家じゃないと書けない要素ですよね。

山口 そこは私の本音ですね。CMOは全体最適のために投資を傾斜配分するため、社内のどこかの担当者には不利益な判断もあります。顔が怖くないと反発をおさえられない(笑)。

北野 そもそも新著『マーケティングの仕事と年収のリアル』を書こうと思われたきっかけは?

山口 マーケティングの仕事を通じてメディアに出るうちに、知り合いづてでキャリアの相談に乗ってほしいと言われるようになって、その数が雪だるま式に増えてきたためです。私の会社インサイトフォースはブランド・コンサルティングを専門にしていて、人材紹介や転職支援は事業としてやっていないので、完全にボランティアなんですけどね。

マーケターをめざす学生に一言アドバイスするなら?

北野 たとえば、どんな相談がくるんですか。

山口 最近ですと、公共インフラ系の事業会社勤務でMBAも取得している30代の方から相談を受けました。マーケティング職としてもっと尖ったことをやりたいので、(事業会社のマーケティング業務を外部からサポートする広告代理店やPR会社などの)支援会社への転職を考えている、と仰っるんです。
 私は全力で止めました。というのも、まず公共インフラ会社とマーケティングの支援会社ではビジネスサイクルが大きく違います。それと、事業会社で30代半ばとなると給料が上がっていますから、おそらく支援会社に移ると収入が下がる。いろいろな点で相性が悪い可能性が高いと思ったので、今の仕事で刺激が足りないなら、エキサイティングな事業会社を探したら、というアドバイスをしたんです。結婚されたばかりの女性で、将来子どもができてからも働きたいという希望をお持ちでしたし。

北野 なるほど。支援会社だとかなり労働集約で、いきなり給料も減るし、激務になるでしょうしね。結果はどうなったんですか?

山口 最終的に海外のEVメーカーに転職が決まった、という連絡をもらいました。EVならエネルギー系という点で前職とつながりもありますし、しかも最先端のエキサイティングな分野であり、外資系で給与水準も高い。次のキャリアにもプラスにはたらくでしょうから、非常に素晴らしい選択をなさったと思います。
 ただ、次々とこうした相談に乗っているうちに、会社のスタッフから「会社の収益に貢献しないことに、時間を割きすぎている」と指摘され、著書としてまとめようと思い至ったんです。たしかに、どんな相談でも、個別のケースについて需要や給与体系を踏まえた話をしているわけではなくて、汎用的な転職の思考法を伝えているので、お伝えする話の8割は同じなんですよね。数年前にその原型みたいな内容を「note」というネット上のメディアで公開したらかなりの数がシェアされたので、みんなの役に立つだろうという確信もありました。

北野 でも本を出したら、もっと相談が増えるかもしれませんよ(笑)。
 たとえば、「僕はマーケターをやりたいんです!ただ、それなりの年収も欲しいです!」と言っている22歳の学生に向けて、どんなアドバイスをされますか?

山口 まず、上(の世代)が詰まっていなくてこれから伸びていく業界を狙え、と言います。北野さんが「業界生産性」を見ろ、とおっしゃるのと同じだと思うんですけど。

北野 一緒ですね。

転職先は、専門性より業界生産性で選ぶべき理由

山口 えてして歴史のある専門性の高い業界には、すでに優秀な人がたくさんいて上が詰まっています。仮に自分の能力が伸びても、良い機会やポジションは順番待ちが発生しやすい。だから、新しいカテゴリーで伸びている業界に目を向けたほうがいい。10年前なら戦略PRでしょうし、ちょっと前ならデジタルマーケティング、今まさにピークを迎えているカテゴリーでいえばダイレクトマーケティング(直販)のコンサルティングがひとつあると思いますが、「その次にくるのは何か?」と考えて探すことですよね。

いまマーケターを目指すなら、どのカテゴリーがねらい目なのか?給料を決める3つの要素
拡大画像表示

北野 僕も新卒の学生からよく相談を受けるのですが、彼らが成長中のSEO(検索エンジン最適化)やSNS広告を手掛ける支援会社に目を向けるのはわからなくもない。でも、多くは参入障壁が低い完全なレッドオーシャンで、給与水準も低いですよね。その構造を説明するロジックがないなと思っていたので、拙著『転職の思考法』では「業界の生産性」が圧倒的に大事だ、と強調して書いたんです。マーケットバリューは「技術資産×人的資産×業界の生産性」の3つの要素で決まるけれど、給与の原資となる「業界の生産性(一人あたりの粗利)」は最大20倍以上の開きがあり、個人の努力で覆しにくい、と。

山口 業界の生産性で決まることって本当に大きいですよね。20代の頃、外資系投資銀行に入った同級生が8000万円ぐらい稼いでいると聞いたときは、「自分との差は何なんだ」と感じましたよ。相手は同級生のなかでも断トツに優秀だったけれど、それだけで説明のつかないほどの金額の差は、やはり業界の生産性にあったと思います。

北野 間違いないですね。ちなみに、山口さんはマーケターとしては知名度があると思うのですが、自分のキャリアを振り返ったとき、どうやってキャリア戦略を描かれていたんですか?

いまマーケターを目指すなら、どのカテゴリーがねらい目なのか?山口義宏(やまぐち・よしひろ)
インサイトフォース代表取締役
東京都生まれ。東証一部上場メーカー子会社で戦略コンサルティング事業の事業部長、東証一部上場コンサルティング会社でブランド・コンサルティングのデリバリー統括などを経て、2010年にブランド・マーケティング領域支援に特化した戦略コンサルティングファームのインサイトフォース設立。大手企業を中心にこれまで100社以上の戦略コンサルティングに従事している。著書に『デジタル時代の基礎知識「ブランディング」「顧客体験」で差がつく時代の新しいルール』(翔泳社)など。

山口 戦略的に選んだのではなく結果としてラッキーだったのですが、決定的だったのは、「経営がわかるブランド戦略の専門家」というポジションの競争関係が適度に緩かったことですね。企業の理念やロゴをつくるCI(コーポレート・アイデンティティ)のデザイナーや専門家は沢山いたのですが、ブランドとビジネス成長をロジックでつなぐことに焦点を当てた会社や人は見当たらなかった。対照的な一例が広告クリエイターで、広告は産業として大きいですが典型的なレッドオーシャンです。そのなかでも、大手広告代理店で高収入を稼ぎ出しているトッププレーヤーたちは、非常に優秀な人が多い母集団の中から抜群のプレゼンテーション技術や発想力で、激しい競争を勝ち上がった人たちですから、自分を含め凡人には勝算はない世界ですよ。

北野 そうですね、広告代理店の中でスタープレーヤーになるのは至難の技です。でも、そんな簡単に割り切れないですよね。20代の頃から今のような考えだったんですか?

山口 実は私も二十代半ばまでは、センスで勝負する色気があったんです。今でも覚えているのは当時、ブランド・マーケティングのコンサルティングの一環として受けた携帯端末の仕事で、ガラケーの新製品の色味を最終決定する際、大手企業の担当者を前に「俺、この黒が好きだな」と思っただけなんですが、市場性がありそうにもっともらしく理屈つけて言ったりするじゃないですか(笑)……でも、非常に大事なカラーバリエーションの3色のうちの1色を、たしいた論拠もなく主張する自分に違和感をもちました。当時は、クリエイターの人たちとハイブランドのパーティーに参加したりもしましたが、パリピ(パーティー好きの人たち)に囲まれて自分が落ち着かないことに気づき、「人見知りだし、お酒飲めないし、やっぱり向いてないな……」と思ったりもしましたね(笑)。

北野 えーっ!山口さんにもそんな時代があったんですか?

山口 そうです、普通の若者ですよね(苦笑)。