専門性は究めずに、掛け算で強化する

山口 でも同じころに、小山薫堂さんと定期的に食事をさせていただく機会があって、小山さんの圧倒的なホスピタリティやアイデアに触れるうちに、こういう人たちと同じ土俵で戦っても、絶対に勝てっこないと悟りました。一方で、クライアント企業が売れっ子のクリエイターが言った通りに展開してもうまくいかずに悩んでいるシーンに直面することも多かったので、ブランディングやマーケティングの戦略や施策をロジックで評価して説明し、組織を動かせるコンサルティングってすごく需要があるんじゃないかと思い始めたんです。それで片っ端から戦略や経営の本を読んで勉強し、左脳を鍛えていったら、仕事の引き合いが非常によくなって、「他にないポジションですね」とクライアントからも評価されるようになりました。

ふつうの人こそ思考法で勝負しないといけない、という北野さん

北野 僕の本の中にも書いているのですが、山口さんも著書の中で、「専門性で戦うのはかなり大変だ」という指摘をなさっていましたよね。専門性に関しては圧倒的に才能のある人が存在し、なかなか太刀打ちでない。その点、ポジショニングというのは考え方や思考法次第で解決できるということで、僕が拙著で述べていることと似ているなと思いました。ふつうの人こそ、思考法で勝負しないといけないんです。ただ、まだ自分が天才だと思いたい人たちがたくさんいますよね。

山口 私も20代半ばはそう思っていましたよ。ただ、本当に優秀な人たちに沢山触れて、それが幻想だと気づかざるえなかった(笑)。

北野 山口さんのキャリアの場合、マーケティングのなかでもブランディング、さらにロジカル、という掛け算で今の地位を築かれたんですね。

山口 ブランド・マーケティングをより細かく解説すると、企業内では、経営戦略、ブランド戦略、マーケティング施策という上下関係の三層構造に関わります。ただし、ブランド・コンサルティングを標榜する多くのマーケターは、「CI(コーポレート・アイデンティティ)」を掲げてブランド戦略で完結する人が多いんです。ちょっと手を伸ばす場合でも、マーケティング4P施策に触れて終わりなんですよ。経営戦略までは触らないことが多い。
 私ももともとはブランド戦略とマーケティング施策の橋渡しをしていたのですが、経営戦略とブランド戦略の橋渡しができる点で独自性があったんです。というのも、経営と顧客、両方へのインサイト(深層心理の洞察)の両方をつなげられないと、うまく実行できない。経営インサイトというのは、経営がもっているコアコンピタンスや得手不得手、組織としての気質やスキル、投資の財務的体力を含めたリソースです。たとえば、広告費がバンバン使える企業とそうでない企業の商品構成は絶対違いますよね。

北野 それを伺うと、経歴で「戦略コンサルタント」と書かれているのも納得です。すると、マーケティングとはいえ、組織の話も関わってきますよね。

ブランドの取捨選択はどのように決めるのか

山口 そうです。経営サイドの制約条件を適切に絞り込めていないと、効果的なマーケティング4P(製品、価格、流通、販促)施策は展開できません。たとえば、化粧品メーカーがドラッグストアでブランド棚(特定のブランドの専用棚)を獲得して維持するためには安定的に年間十億円程度の広告宣伝費は必要です。でも、その予算もないのにブランド棚での展開を前提とした商品構成の商品企画を立てても意味がない。また、オーナー経営者が思い入れを持ったブランドなら長期目線で育成投資できますが、株主に雇われて短期的成果を出さなければいけない経営者なら、成果を出すまでに耐えられる時間軸が変わり、それはブランド戦略に直結しています。経営戦略のお金や組織の話と、マーケティング施策の話は、実は密接に連携していること自体があまり理解されていないんです。

北野 面白い。たしかに、経営面を踏まえてのブランド戦略というのは、デザイナーとかコンセプターにはできないことですねクライアントにとっても確かにありがたい話だ。

経営戦略のお金や組織の話と、マーケティング施策が実は密接に連携していることが理解されていない、という山口さん

山口 多数の商品ブランドを抱える会社なら、どれを伸ばしてどれを捨てるのかという判断を求められてきますよね。大手の経営コンサル会社なら現在の収益から良し悪しを判断するでしょうが、死にかかっているブランドが復活して再び伸びる余地があるかどうかという将来ポテンシャルについては、顧客インサイトがなければ難しい。かといって、調査会社を通じてその分析を図っても、なかなかしっくりこない。私の会社は経営と顧客双方へのインサイトをもとに戦略を考えるうえで、大手の戦略系コンサル会社よりも値ごろ感があって、機能と価格の両面で選びやすいというのが、クライアント企業からのフィードバックで理解できたポジショニングですね。

北野 ブランドの取捨選択は、どうやって決めていくのですか?

山口 顧客調査をして実際に商品の評価を定性的なインタビューで得たうえで、定量調査も行って判断します。売上回復させるための仮説も考えたうえで、調査での顧客の反応が悪ければ、投資を絞る、ブランドとして廃止しましょう、という話にもなります。ただし、実際にプロダクトを見せると気に入ってもらえるのに、店頭ではまったく視界に入っていなくて手に取ろうともしなかったというケースは少なくありません。たとえばある化粧品ブランドについて定性調査を行ってみると、「10代の頃は使っていたけど、今の自分には向いていないはず」といった先入観やイメージで捉えていることが判明したりします。その場合、CMに起用していたタレントや商品パッケージデザインを変え、広告投資を増やしたことで飛躍的に売上と収益が伸びた事例もあります。(後編に続く)