美術史の本としては異例となる5万部を突破した『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』の著者であり、新刊『名画の読み方』『人騒がせな名画たち』も好評を博している木村泰司氏。本連載では、新刊『名画の読み方』の中から、展覧会の見方が変わる絵画鑑賞の基礎知識などを紹介してもらう。今回は、画家たちの「自画像」について解説してもらった。

画家たちの「自画像」に込められたメッセージ

木村泰司(きむら・たいじ)
西洋美術史家。1966年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校で美術史学士号を取得後、ロンドンのサザビーズ美術教養講座にて、Works of Art修了。エンターテインメントとしての西洋美術史を目指し、講演会やセミナー、執筆、メディア出演などで活躍。その軽妙な語り口で多くのファンを魅了している。『名画の読み方』『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』(ダイヤモンド社)、『人騒がせな名画たち』(マガジンハウス)ほか著書多数

 フィレンツェのウフィツィ美術館とピッティ宮殿をつなぐ「ヴァザーリの回廊」は、通常はツアーに参加しなくては見学できない隠れた美術館です。建築家・画家、そして美術史の原点とも言うべき『芸術家列伝』(1550年)の著者でもあるジョルジョ・ヴァザーリが、1565年にトスカーナ大公コジモ1世の命で完成させたこの回廊には、ルネサンス期から現代にかけての芸術家たちの自画像が展示されています。

 美術史を振り返ると、自分の姿を描き残した多くの画家たちが浮かび上がってきます。そして彼らの自画像には、往々にして強い自意識やメッセージが表れています。ドイツのアルブレヒト・デューラー(1471〜1528年)は、自画像を何枚も描いた最初の画家として知られています。注文を受けてではなく、自分のためだけに描かれた彼の自画像にも、やはり強い自意識が表れています。彼の遺された手紙を読むと、そのナルシストぶりが伝わってきますが、自画像からもまたその傾向がうかがえるのです。

 たとえば『1498年の自画像』では、衣装道楽だったデューラーらしく貴族のように着飾った姿で自分を描き、画家=職人ではなく、画家が貴族と同等の知識人であることを表しています。

アルブレヒト・デューラー『1498年の自画像』
アルブレヒト・デューラー『1498年の自画像』1498年、52×41cm、プラド美術館

 1494年から95年にかけてイタリアを初めて訪れたデューラーは、イタリアでの画家の社会的地位の高さに驚愕しました。彼の故郷ドイツでは、画家は職人と見なされていたからです。デューラーは、自分は紳士にして教養人であり芸術家であるという意識を持ってドイツに帰国し、美術を職人の技から理論的基礎に基づいた自由学芸へと向上させようとしました。その意識が貴公子のような姿に表れているのでした。

 また、『1500年の自画像』では、当時は本来ならイエス・キリストや聖人を描く際にしか許されなかった正面像で自分の姿を描いています。

アルブレヒト・デューラー『1500年の自画像』
アルブレヒト・デューラー『1500年の自画像』1500年、67×49cm、アルテ・ピナコテーク

  彼の右手の指も、キリストの祝福のポーズのようです。この自画像も彼のマニフェスト的なものであり、イエスがユダヤ社会における宗教の改革者であったように、自らが芸術後進国ドイツの美術の改革者であろうとする強い覚悟や使命感が表れています。