カール・シュミット著(日経BP社/2000円)
米トランプ政権が中国との貿易戦争を本格化し、世界情勢はますます混沌としている。現代の私たちは、果たして今後を見通せる“視座”のようなものを持つことができるのだろうか? 異論はあるかもしれないが、そのヒントの一つは国際政治を“地理”という概念から見る「地政学」なのかもしれない。
今回ご紹介するのは、その地政学の分野における一種の古典であり、かつ入門書と呼べるような本だ。著者は、ドイツの戦中・戦後の激動期を生き抜いた憲法学者・法哲学者のカール・シュミットである。この「知の巨人」が、自分の娘のために世界情勢を分かりやすく説明したのがこの本だ。それだけで、どれほど魅力的な内容であるかが分かるだろう。本書の特徴を三つ挙げてみたい。
第一に、欧州の知識人の「本物の教養」を学ぶことができる。本書の初版は、戦中の1942年であり、戦後になって何度か再版になったものをさらに翻訳し直した「最新版」である。一読しただけで、その内容の普遍性に加えて、ギリシャ・ローマの古典から近代までの幅広い歴史的な事例の使い方など、現代の学者にはない、厚みのある知識を堪能できる。
第二に、英国に対する分析が独特で、非常に興味深い。シュミットは、当然ながら欧州大陸に住むドイツ人だが、島国から世界覇権国に発展していった英国(そして米国)に対する憧憬と嫉妬の入り交じった(しかし、客観性を装う)ドイツ人としての視点が、文章の行間から読み取れる。
第三に、古典的な「地政学的な視点」を教えてくれる。シュミットは、タイトル通りに「陸と海(LAND UND MEER)」という要素が人類の歴史に与えてきた影響を巨視的な観点から考察し、陸と海をそれぞれに活用してきた勢力が互いに争ってきた世界史を分析している。このやり方は、まさに地政学の真骨頂といえるものであり、現代の国際政治を考える際にも大いに参考になる。
もっとも、これはあくまで欧州史を中心としたアプローチであり、東洋史への言及はない。現代の識者から「古い視点である」と批判されそうではあるし、同じ話が何度も繰り返される点が気になる読者もいるかもしれない。欲を言えば、最後に出てくる「第三の要素」である“空の時代”の到来についても、さらなる分析が欲しかった。ただし、細かく区切った章立てによる構成や、中山元氏の明晰な翻訳文で、飽きさせずに読ませてくれる。知識欲の旺盛な方には、自信を持ってお薦めすることができる古典的名著である。
(選・評/IGIJ(国際地政学研究所)上席研究員 奥山真司)