スタートアップの大型調達を実現するために必要なこととは? 書籍『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の刊行を機に、さまざまな実務家やアカデミアの皆さんと、著者・朝倉祐介さんとの対談をお送りしています。今回は、朝倉さんが創業初期に投資し株主でもあるヘルステックベンチャーFiNC TechnologiesのCFO兼CIOの小泉泰郎さんをお迎えした対談後編で、9月20日に実施した第三者割当増資により創業から累計100億円超の調達を実現できた理由や、ステークホルダー・コミュニケーションの勘所について聞いていきます。(撮影:野中麻実子)

自分たちが付き合いたいと思う人に出資してもらいたい

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 「いい赤字、悪い赤字」という話が前回出ましたが、今FiNCの場合はまさに、大きい事業をつくるために大きな赤字を出している状況ですよね。ちょうど約55億円超の第三者割当増資を発表され(9/20。取材の前日)、創業から累計100億円強の資金調達を実現されました。今回の調達は、スタートアップがここ数年、調達環境に恵まれている中でも異次元であり、現状の収益規模と比べるとかなり大きい調達額という印象ですが、どういう背景から実現したのでしょうか。

累計100億円というスタートアップでは異次元な調達が実現した理由小泉泰郎(こいずみ・やすろう)
株式会社FiNC Technologies代表取締役CFO兼CIO
東京大学経済学部経済学科卒。米ダートマス大学エイモスタック経営大学院経営学修士取得。1986年に日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。1999年にゴールドマン・サックス証券に入社し、資本市場本部共同本部長兼公共セクターインフラユーティリティーセクター本部長を務めた。他にも、ISAK発起人、TABLE FOR TWO Internationalアドバイザー、パーソナリティモビリティーを標榜するベンチャー企業Whillのアドバイザー、FC今治のアドバイザリーボード幹事など多方面で活躍。東京大学在学中はサッカー部で副将を務めた。

小泉泰郎さん(以下、小泉) 我々がやっているデジタルヘルスケア分野は、世界でも成功している企業がなくて、マネタイズが難しいというのが定説なんですよね。だから、3回連続で出資してくれている第一生命様やロート製薬様のほか、今回ついてくれた株主はそのあたりを理解してくださっています。彼らもプロで、株主説明責任もあるなか出資してくれているわけですから、『ファイナンス思考』で言うところの「ステークホルダー・コミュニケーション」が効いている企業ということですよね。

朝倉 ずっとフォローしてくださっている投資家や企業がいる、というのは心強いですね。

小泉 そうですね。今回新しく入ってくださった資生堂様や中部電力様にも非常に感謝していますけど、2回連続のNEC樣も含めた既存引受先の3社には、我々がずっと言ってきたことをご理解いただいてサポートしてくださっている点で大変有難いと思います。

朝倉 事業の目標や視座の高さを理解できていても、前回ラウンドのときの説明と事業の実態があまりに乖離していたら皆さんも続けて出資ということはなかったと思うので、そこは説明通りに事業が成長しているということなんですね。

小泉 計画から逸脱していないし、赤字額も抑えています。10万円以上の決裁はすべて僕がやっていて、7割ぐらい否決して出し直させています。他にオプションはないのか再検討してもらったり、これだけ大きいお金を払うならセットで契約も取ってきて、と提案してみたり。そういう努力を小泉ならすべてやっているだろうなと、株主の皆様にも理解いただけていると思います。

朝倉 いわゆるスタートアップの投資家のプロファイルとはかなり違う顔ぶれなのも、目を引きますね。おそらく明確に意図されていると思いますが、いわゆるベンチャーキャピタル(VC)が多くない。あまりスタートアップの出資者として見かけない企業も多いのが特徴的ですね。

小泉 我々は、デジタルの力によって安価でみんなに使ってもらえるヘルスケア×テクノロジーを掛け合わせたプロダクトを作っていくことに相当の覚悟で臨んでいますが、いくらコミットしても元手になるお金がないと実現できません。FiNCに参画した時、最初に幹部のみんなを集めて、どこにお金を出してもらいたいか意見も聞いたんです。色々出てきたので、じゃあまずは自分たちが付き合いたいと思う人たちに話を持って行ってみよう、と。相手にされないかもしれないけど、今はムリでも将来はという話につながるかもしれないし。もちろんVCともお話はしてますけど、どうしても償還期限はあるから事業会社と比べると短期で回収されたいだろうし、バリュエーションが折り合いづらいというのもあります。

日本はGDP世界3位でも、ベンチャー投資では世界10位程度

朝倉 事業会社が長期志向としても、主としてキャピタルゲインを狙っていないとすると、事業上の提携が狙いということですよね。大企業との連携は心強い後押しですが、逆に特定の企業との繋がりを深めることで、御社の将来のビジネスの足かせになったりはしないのでしょうか。

小泉 いや、ならないと思いますね。たとえばアプリを作っていたら、自分たち専用のアプリを作ってくれとかそのアプリに自社名を付けてくれとか言われそうですけど、一切ありません。最初から、うちはオープンなプラットフォームで、そういう会社じゃありません、とお伝えしてあるので。実際、生命保険や食品会社など、一業種で複数社入っていたりもします。

累計100億円というスタートアップでは異次元な調達が実現した理由朝倉祐介
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立し現任。

朝倉 日本はカネ余りと言われている一方、なかなか事業投資にお金が回ってきづらい中で、ここまでの調達というのはすごいです。

小泉 世界に目を向ければ、Airbnbとかウーバーは1000億円単位で調達していますから、まだいけるのではないかと思いますけど、日本では成功体験もないから限界かなとも感じています。日本はGDPでいえば世界3位ですけど、ベンチャー投資額では世界10位ですから、バランスが悪いですよね。インドなんて、GDPは世界6位だけど、ベンチャー投資では1兆5000億円と3位ですからね。我々も頑張ってユーザー数や売上をつけていきながら、1000億円、2000億円と集められれば、日本のスタートアップの活性化にも少し寄与できるのかなという気持ちはあります。

朝倉 日本人はお金のことを汚いものと思っていると通説的に言われる割には、現金が好きですよね。個人レベルであれ企業レベルであれ、預金口座に抱えこんで投資には回ってこないところを、どう呼び起こすかは非常に重要だと思います。

小泉 ビットコインも世界一位だったし、短期的な金儲けは一番好きなんですよ。極楽浄土じゃなくて現金が(笑)。

朝倉 日本で資金調達できる額など現実的な目線で考えて、どのタイミングから今後、回収に向かっていくというお考えですか。

小泉 ワーストケースでも、2020年には単月黒字化して、2年以内には回収を始める計算です。黒字だからいいというわけでもないですが、赤字が5年も6年も続くのもどうかと思いますしね。ただこの計画は、投資家の方々とお約束しているというよりは、あくまで予定というベースでお伝えしています。

ハードルレートも結局は「志」による

朝倉 もちろん中身のあるいい事業をつくっていくことが大前提ですが、FiNCのような大型の資金調達を他のスタートアップもできるようになるにはどうすればいいでしょうか。小泉さんがもう一人いればいいのかもしれないですが(笑)。

累計100億円というスタートアップでは異次元な調達が実現した理由志の高さは一番重要、という小泉さん

小泉 志の高さは、一番重要かもしれないですね。あとは、サービスやプロダクトを作った後、ユーザーがついてきたとか、目に見える成果も定期的に報告しています。これは既存の株主に限りません。将来一緒にやっていきたいグローバルブランドには、定期的にコミュニケーションしているんです。たとえば今回サントリー様については直接的な出資ではなく、特茶プログラムでご一緒させていただいており、テレビコマーシャルの支援までしていただいているのですが、ここに至るまで3年にわたって話してきて弊社をよく理解いただいているし、実際すごく効果もある。将来のステークホルダーとは、経営者だけでなく現場の人たちも含めて、長期的な視点でいろいろな層を巻き込んできています。『ファイナンス思考』に書かれていた「ステークホルダー・コミュニケーション」というのが、やっぱりすごく重要です。

朝倉 東証一部の会社でも、あまり機関投資家とコミュニケーションをとっていない、積極的にIRをしないというポリシーのところもありますが、やはり大型の調達をするには密なコミュニケーションが欠かせないんでしょうね。

小泉 資金調達に限らないと思うんです。FiNCがテーマとする「健康」や「長寿」というのは、関わる領域がすごく広がっていますから、さまざまなステークホルダーとのコミュニケーションがビジネス成功のキーになると思いますね。ステークホルダーということは、株主やお客様、取引先だけじゃなく、もちろん従業員も含めてですね。あとは、朝倉さんの『ファイナンス思考』を読んで、ということじゃないですか(笑)。

累計100億円というスタートアップでは異次元な調達が実現した理由ハードルレートは心の奥底にしかない、と朝倉さん

朝倉 さきほど「志の高さ」と仰った点はすごく印象に残っていて、非常に共感するところなんです。この『ファイナンス思考』を発売してから、じゃあどうやったら身につくのかというご質問をよくいただくんです。究極的には志の問題だというと、なんだ数字の話だったのに最後は随分ふわっとした話だな、と言われてしまうんですよ(笑)。ただ、ある投資をして、どれだけのリターンを期待するかというのは、結局ハードルレート(最低限必要な利回り)の問題だし、ハードルレートって結局は心の奥底にしかないので、それって志ではないかと思うんですね。

小泉 そのとおりだと思います。冒頭にお尋ねいただいたお話とも通じるんですが、興銀、GS、FiNCというキャリアチェンジも、「高い志」という点でまったく同じなんです。違和感がない。長期志向というのもね。朝倉さんが生まれる前ですけど(笑)学生の時からそういうつもりで仕事をしているので、全然違和感ないですね。

朝倉 今日は示唆に富むお話をありがとうございました!