日本興業銀行、ゴールドマン・サックス(GS)証券も長期・未来志向だったのに、なぜ今の日本の銀行にはそれがないのか? 書籍『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』の刊行を機に、さまざまな実務家やアカデミアの皆さんと、著者・朝倉祐介さんとの対談をお送りしています。今回は、朝倉さんが創業初期に投資し株主でもあるヘルステックベンチャーFiNC TechnologiesのCFO兼CIOの小泉泰郎さんをお迎えし、興銀→GS証券→スタートアップというキャリアステップの背景や、事業会社を支援する面での銀行の問題について議論が盛り上がります。(撮影:野中麻実子)
GSが誇りを持っている「ロングターム・グリーディー」の精神
株式会社FiNC Technologies代表取締役CFO兼CIO
東京大学経済学部経済学科卒。米ダートマス大学エイモスタック経営大学院経営学修士取得。1986年に日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。1999年にゴールドマン・サックス証券に入社し、資本市場本部共同本部長兼公共セクターインフラユーティリティーセクター本部長を務めた。他にも、ISAK発起人、TABLE FOR TWO Internationalアドバイザー、パーソナリティモビリティーを標榜するベンチャー企業Whillのアドバイザー、FC今治のアドバイザリーボード幹事など多方面で活躍。東京大学在学中はサッカー部で副将を務めた。
小泉泰郎さん(以下、小泉) 朝倉さんとは東京大学外資系銀杏会で同じときに登壇してから、飲みにご一緒したりして。数人で富士山にも上りましたよね。あれ、いつだったかな。
朝倉祐介さん(以下、朝倉) 2013年です。当時は前職のゴールドマン・サックス(GS)証券にいらっしゃいましたよね。小泉さんは新卒で日本興業銀行に入られた後、GSを経て、FiNCにジョインされたじゃないですか。それを聞いたときは、スタートアップに行かれるんだ!とそれまでのご経歴からして、いい意味で驚きました。
小泉 「(キャリアの)振れ幅が大きい」って皆さんから見えるかもしれないけど、僕の中ではまったく変わっていない感覚なんですよ。父の仕事の関係でイギリスで育ち、もう12歳ぐらいの頃から「日本と世界の懸け橋になろう」と決めていたんです。政治家なのか商社マンなのか、はたまた金融マンなのかは別として。それで大学卒業後に最初に入ったのが、産業を興す銀行ということで、興銀だったわけです。少数精鋭で、1人当たりの仕事も大きいだろうと踏んでね。
朝倉 1986年に興銀に入られて、最初にどんな仕事をされたんですか。
小泉 ちょうど銀行と証券会社の業務の垣根が規制緩和されるタイミングで、証券会社(興銀証券)をつくることになった。最大手の野村証券を追い越して、日本一、いや世界一の証券会社になろうと設立メンバーの一員として取り組んでいたところ、金融危機が訪れたんです。公的資金が入り、国内の不良債権の後始末に追われました。日本が競争力を失うのも感じたし、興銀では日本のお客様をサポートし切れないなと思って、99年にGSに移ったんです。今回、朝倉さんの著書『ファイナンス思考』に書かれているような長期志向、価値志向というのは、もともとの興銀でもまったくそうだったんですよ。
朝倉 長期信用銀行ですもんね。
小泉 そう。お金を5年、10年、20年単位で貸すには、長期志向でお客様のビジネスモデルや返済能力を考えてあげられないといけないわけですから。GSについても一部に誤解はあるようですけど、ちょこちょこ短期で細かいことを言っていたら、投資銀行としてアドバイザリーは務まらない。GS社内のモットーとして「ロングターム・グリーディー(Long Term Greedy)」と言うように、目先の利益じゃなく中長期的にお客様もGSも儲けられるアドバイスをすべし、という考え方なんです。そこに、誇りももっている。だから、朝倉さんが言っていることは普遍的なことで、僕がビジネスをやってきた30年間だけでもそうだし、今後100年200年単位でも変わらないと思います。
日本では、銀行も取引先も赤字をとにかく許さない
朝倉 そうですよね。私自身、拙著『ファイナンス思考』では、目新しいことは何も言っていないと思います。
小泉 ただし問題があって、多くの人が目新しいどころか、気づいていないんです。だからこそ、この本を出された価値がすごくあるなと思いました。
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立し現任。
朝倉 ありがとうございます。
小泉 さらに、FiNCに参加するという選択は、興銀時代の大先輩である副社長の乗松(文夫)から誘われたのがきっかけでした。トップの溝口(勇児社長)の話も聞いて、その熱意もよくわかった。ヘルスケアというのは日本にある産業で唯一世界でも勝てる可能性のあるエリアですし、じゃあ参画して勝負しようと。これも、一緒に産業をつくるという意味で、自分の中では全然違和感はないですね。社内に若い人が多い点も、たとえば朝倉さんとも世代を超えてすごくしっくりくるし、まったく違和感はない。
朝倉 FiNCで仕事をするなかで、今までのご経験とは違って非常に新鮮だな、と感じられる部分はないですか。
小泉 全然ない。僕もベンチャーファイナンスを早稲田で教えたりしているんですけど、『ファイナンス思考』にも書いてあったように、組織と経営と財務は三位一体ですよね。スタートアップの成功は優秀な人が集まるかどうかがキーになりますので、基礎条件としてきちんとファイナンスが回っている会社でなければならないし、じゃあどういう人を採用し、維持するか、といった人事のスキルセットもGSなどと変わりません。僕にひとつ経験がないとすれば、一般消費者向けのto Cのビジネスという点ですかね。
朝倉 一般論ですが、銀行は事業会社の事業そのものではなく担保ばかりを見ている、という批判がありますよね。これまでのお話で言えば、興銀やGSはそうではなかったとすると、具体的に何が違うのでしょうか。
小泉 日本は不動産神話があったから担保も不動産偏重ですが、担保っていうのは究極的に価値がないと思いますけどね。それと日本では、なんだかんだ言ってPL(損益計算書)重視でしょう? 特に赤字だと、行政機関は入札禁止にするし、たとえ1年の赤字でも取引先が逃げて行ってしまう。赤字が続くと小売りでも製造業でも、かなりの確率で倒産するのは事実ですけれども、問題は、赤字は悪というふうに極端に偏っていることだと思うんです。
この風潮は、銀行の監督官庁である金融庁や、市場をとりしきる東京証券取引所にも問題があるでしょうけど。でも、たとえ足元が赤字でも解決策が見えている場合を一緒にしたらいけない、というのはGSなどで学んだことですね。朝倉さんが『ファイナンス思考』でいっている未来志向、長期志向をどう見極めるかが、日本の金融機関は弱い気はします。
銀行と事業会社が良い関係になるには?
朝倉 ミクシィの経営に携わったときも思ったことですけど、外形的には同じ赤字でも、いい赤字と悪い赤字ってあるはずですよね。単純なコスト過多による構造的赤字は徹底して潰さなきゃいけない一方で、新しいものを生み出すときに先行投資によって出る赤字は産みの苦しみであり、会社の成長のために必要なものです。本来、悪い赤字を絞ることと、先行投資をして健全な赤字を出すことは会社の成長のために両立することのはずですが、赤字の性質というものをちゃんと区別して理解しておかないと、特に「絞れ」と言われる構造的な赤字に陥っている事業に携わる人たちは反感を持つものです。これをどうやって説明して乗り越えるかが難しいところだなと感じますね。
小泉 そういう状態を、みんなが自然に理解できるような教育が必要なのかなと思いますけどね。オーバーバンキングなのに潰れないままで利益が出ないので、スルガ銀行のように融資先の審査書類を改ざんし不正融資する一方で、スタートアップに対しては赤字を厳しく追及するという二重構造はよくないですよ。
朝倉 金融機関から転じて事業会社からご覧になってみて、既存の日本の金融機関――主には銀行かもしれませんが、どうすれば事業会社とより良い関係を築けるようになると思われますか。
小泉 基本的に銀行が多すぎると思いますね。今、人口1億2000万人に対してメガバンクが3つもある。イギリスでも1.5行、ドイツでも2行しかない。地銀だって5行ぐらいでいいと思います。大前研一さんが言うように、北海道、東北、関東、中部、近畿、四国・九州、沖縄というざっくりエリアを分けてそれぞれ1つずつでいいと思う。
朝倉 数が多いことで、組織を守ることが優先されるような状況になっているということでしょうか。
小泉 そう、でも僕が生きている間には再編は起きないと思います。僕の祖父も銀行マンで、当時の野村銀行(現:りそな銀行)で若くから役員をやっていたのですが、僕が25歳でアメリカに留学する前にこう言ってました。「今の銀行は、昭和金融恐慌のころから少しも変わっていない。日本の銀行は産業の中でも最も非効率で最も官僚的で最も遅れているから、辞めたほうがいい」と。トヨタやソニーがない時代から銀行はあったわけですけど、今やトヨタもソニーも世界的なメーカーになっているのに、銀行はドメスティックな商売から抜け出せないままですよね。スポーツだってグローバル化していて、テニスの大坂なおみ、野球の大谷翔平、ゴルフの松山英樹と、若い人がどんどん活躍してる。日本の銀行より進んでますよ。(後編につづく)