1つは非合理的な理由だ。自宅が焼失する確率や、自分が死亡する確率などはかなり小さいのだが、人はそれを実際より大きくイメージする。そして、不安になって保険に加入するのだ。

 もう1つは合理的な理由だ。自宅が焼失したり、自分が死亡して残された家族が路頭に迷ったりするという想像をするのは恐ろしいことだ。それを免れるためならば、期待値がマイナスでも保険に加入する価値はあるのだ。

 そして、実際に事故が起きれば不幸になる。その苦しみを軽減してくれるのであれば、当たった宝くじ以上にありがたい存在だといえるだろう。

保険の本質は
宝くじと同じ

 じつは、保険と宝くじは、本質的に同じものだ。「多くの人から少額の資金を集めて、誰か1人に全て差し上げます」という性格のものだからだ。受け取るのが宝くじは当せんした人であり、火災保険は家が焼けた人であり、生命保険は死んだ人(の遺族)だというだけの違いだ。

 そのことを理解するために、「株が暴落したときの保険」について考えてみよう。実際、それに近いものが「プットオプション」という商品として、プロたちの間で取引されている。

「1万円で買った株が5000円以下まで値下がりしたら、1万円と株価の差額を保険金として支払う」という“株価暴落保険”に投資家が加入するとする。実際の保険料は、株価が暴落する可能性などを考えて複雑な計算をして決まるのだが、それは本質の話ではないのでここでは省く。

 1万円で株を購入した投資家にとっては、この保険は心強い保険だ。一方で、株を購入していないが、株が下がると確信している投機家にとっては、これは保険ではなく“ばくち”の材料だ。「保険に加入したい」と申し出て、後は株価の下落を待つだけだからだ。

 そう考えていくと、1万円の株が5000円に暴落する可能性は低いから、投資家にとっては保険だが、投機家にとっては宝くじのようなものといえるのだ。