『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
三田紀房の受験マンガ『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生(文科二類)の土田淳真が教育と受験の今を読み解く連載「ドラゴン桜2で学ぶホンネの教育論」。第112回は、勉強を習慣づけるための「ゲーム化」について考える。
「報酬への執着」は、動機づけにはなる
東京大学現役合格を目指す天野晃一郎は、模試の点数が上がらないことに不安を覚えるようになる。そんな天野に、東大合格請負人の桜木健二は、「叩いてかぶってじゃんけんぽんゲーム」をやるように持ちかける。
勉強にゲーム性を導入すること、いわゆるゲーミフィケーションには、学習者の意欲を一時的に引き上げる効果がある。私自身も、中学・高校時代に同様の試みを行ってきた。
一問一答の暗記に限界を感じた際は、親に問題を出してもらい、正解したら腕時計の「ピッ」という音を鳴らしてボタンを押す早押しクイズの形式を取り入れた。また、アプリ「みんなで早押しクイズ(みんはや)」で友人と競い合ったこともある。
さらに、小学6年生の時に通っていた塾の理科の授業では、小テストで満点を取ると、景品が授与された。その景品は、本物のメスや虹色に輝くビスマスの結晶、化石といった、知的好奇心や物欲を直接刺激するものだった。こうした「報酬」への執着は、時として教育的な説教よりも強く、私を机に向かわせる原動力となった。
しかし、こうしたゲーム的なアプローチは、長期的な学習戦略としては3つの大きな弱点を抱えている。
まずは、ゲームの刺激には依存性があるが、人間はすぐにその報酬に慣れてしまうということだ。景品としてのビスマスの結晶も、数が増えれば希少価値を失い、動機付けとしては機能しなくなる。
最後は「なぜその勉強をやるのか」だ
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
さらに対戦形式は、多くの場合において親や友達など「他者」を必要とする。すると、1人で自習すべき時に「相手がいないから勉強ができない」という、本末転倒な言い訳を生む要因になってしまう。
また、クリエイティブな発想を持つ人にありがちなのが、設定を凝りすぎることだ。1人でゲーム性を維持しようとすると、ルールの策定や環境設定に時間を浪費してしまい、肝心の学習内容の定着がおろそかになってしまう。
結局のところ、これらは長続きしない。受験勉強の本質は、淡々とこなす「習慣化」にあり、地味な反復作業こそが王道だからだ。
勉強のゲーム化はあくまで「息抜き」として捉えるべきである。どれだけ工夫を凝らしても、それが学習のメインディッシュになることはない。
しかし、「ゲーム性が有効だろうか」と悩んで手が止まるくらいなら、一度振り切ってやってみたほうが建設的だ。トリッキーな手法を試すことは、停滞した現状を打ち破るきっかけにはなり得る。
世の中にはたくさんの勉強ゲームアプリがある。「どうせ飽きるからやらない」のであれば「飽きるまでやればいい」のである。その間に得た知識は裏切らない。たくさん試して自分にマッチするものがあれば儲けものだ。
技術がアップデートされ、AIやアプリを用いた学習が普及する現代においても、最後に問われるのは「なぜその勉強をやるのか」という目的意識と、目の前の課題に対する執着心である。
ゲームをきっかけに脳が動き出したのなら、そこからは速やかに「習慣」という本来のレールに戻るべきだろう。
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク







