教育・受験 最前線#44Photo:PIXTA

大手大学受験予備校である駿台予備学校(駿台)を運営する駿河台学園が今夏、2026年度入学者から大学合格実績の公表を取りやめると発表した。河合塾や東進と共に三大予備校の一角を成す駿台の方針転換に、合格実績が集客の肝となる学習塾に激震が走った。駿台の狙いと成算は何か?連載『教育・受験 最前線』では、駿台幹部を直撃した。(聞き手/ダイヤモンド編集部 宮原啓彰)

塾・予備校の合格実績は
「形骸化」している

――今夏、2026年度入試からの個別の大学合格者数の公表を取りやめることを発表し、受験業界に衝撃が走りました。

 駿河台学園・山畔清明専務理事 駿河台学園は今年、創立106年目を迎えます。1世紀以上にわたって連綿と大学合格実績を公表してきました。その歴史を途絶えさせることは、本当に大きな決断でした。「駿台」というブランドは、東京大学をはじめとする難関大学の合格実績に負う部分も当然大きいわけですから。

――実際、駿台は東大合格者数で長年トップ、直近の25年度入試も首位でした。難関大の合格実績は、受験生と保護者の塾・予備校選びの大きな判断材料であると同時に、塾・予備校にとっても最大の売り文句ですよね。

 そうですね。わが子に合っている塾・予備校はどこかを十分に調べてから決める家庭も一部いるものの、よく吟味せずに合格実績だけを見て判断する保護者の方が圧倒的多数です。

 しかし、その実態はというと、駿台を含めて主立った予備校が公表する東大合格者数だけを足し合わせれば東大の定員をはるかに上回る数字になり、もはや「形骸化」しています。合格実績の数字を積み上げるために、めちゃくちゃ無理をしているところもたくさんあります。

駿河台学園・山畔清明専務理事やまくろ・きよあき/学校法人駿河台学園専務理事。1957年北海道生まれ。80年に工学院大学工学部卒業後、学校法人駿河台学園に入職。経理部長を経て、経営企画室長・人事部長・経理部長を兼任。2019年より現職。

――ちょうど5年前の12月、首都圏大手塾の臨海セミナーが、同業他社19社から連名で業務改善を求められる“事件”がありました。その中で、合格者数の水増し疑惑も取り上げられました(臨海セミナー側は否定)。

 他の個別の塾・予備校のことは分かりませんが、あくまで一般論として、中には特待生として授業料を無料にし、交通費から何から塾側が全て負担してその受験生には不必要な難関校を受験させたり、「うちの授業なんて受けなくてもいい、自由に自習室として使っていいから」などと言って優秀な生徒を半ば強引に塾生にしたりするところも一部に存在しますよね。

 プレスリリース発表後、ネット上ではSNSを中心に、今回のわれわれの決定について、把握しているだけでも54万~55万件もの反応がありました。当初、ネガティブな意見が多いだろうと予想していたのですが、ふたを開けてみるとほぼ全員といってよいぐらい賛成の方が多数でした。発信者の多くは塾・予備校に通っていた元生徒たちで、「自分も塾からの合格者として不当にカウントされた」といったふうに、塾・予備校の合格者数のカウントの仕組みへの疑問の声でした。

 現在通学している生徒の方は「この科目は駿台、この科目は別の予備校」というふうに、使い分けることが当たり前の時代になっています。われわれは東大を中心とした難関大合格実績を最重視して公表してきたのですが、今は東大よりも最初から海外大を考えるケースや、東大に受かる学力があるのに「〇〇大学の〇〇先生の研究室に入りたい」といった進学の多様化が、学力の高い生徒の間で起きています。ひと昔前のように、「何浪してでも東大に!」という価値観の時代ではありません。

 その一方で、これが一番大きい理由ですが、大学側が推薦枠をどんどん増やしています。結果、「塾に通わなくても推薦で行けるならそれでいい」と、安易に進学先を決める家庭が増えています。

 こうした合格実績があるべき意味を持たず、形骸化した状況に終止符を打つべく、このたびの決断に至りました。現在の塾・予備校業界における合格実績の公表の在り方が形骸化しているという意味であって、合格実績自体を全否定するものではありません。

――今回の決断の大きな理由として挙げた、大学の推薦枠の拡大についてですが、予備校としてはどのように考えているのでしょうか。

「それで本当にいいんですか?大学に何のために行くんですか?」という疑問はあります。

 言うまでもなく、大学は入ればよいわけではありません。明確な目的や理由もなく進学先の大学を決めて、結局、卒業できなかった人は大勢いますよね。ですが、文部科学省はその数字の発表をしていません。中退率や留年率、滞留(卒業できずに大学に長期間在籍している状態)率を出すべきだと思っていますが。大学の中にはげたを履かせて進級させているようなところも多々ありますし。

 そういう現状を見ると、大学へ行くこと自体がどんな意味を持っているのか、そもそも本来は目的があって大学に行くべきではないか、という思いもあって、われわれも「大学合格、大学合格」とこれまで来たけれども、今後は大学に行く目的をしっかりと子どもが考えられるような教育をすることが一番重要な時代になるのではないか、と方針転換したわけです。