オフィス内には今風のカフェとキッチンスペースがあり、Tシャツにジーンズの社員が思い思いに作業をする。外部のスタートアップ企業のメンバーと共に、床一面にポストイットを貼ってブレストに集中する姿も見られる。

 出社時間も退社時間も自由。仕事はSLACK(ウェブ上のコミュニケーションツール)を軸に進む。定例会議も日本との連絡以外は存在せず、「ちょっといいかな」と人が自然と集まり、その場で打ち合わせをし、物事が決まる。休日でもアイデアが湧けばオフィスに現れ、キッチンでビール片手に議論にふけるメンバーも多い。

 パナソニック本社と四つの事業カンパニーから選抜されたさまざまな職種の若手が、今続々とこの地にやって来ている。ここにいる3カ月間は日本の所属元のことは一切忘れ、新しいやり方でHomeXプロジェクトに取り組むことが求められるのである。

 仕事の指示や前任者からの引き継ぎすらない。βへの出向が決まると、渡米の少し前からチームのSLACKに登録され、そこで何が起こっているのかを自ら把握する必要がある。「自分はこれができる、これをやる」と自ら手を挙げなければ流れに加われない。

 「適応できる人が全てではないが、この方法を身に付けること自体がβの目的。やり方は変えない」とHomeXプロジェクトの山内真樹ディレクターは言う。

 βで採用されているのは、不完全でもとにかくアイデアを基にプロトタイプ(試作品)をスピーディーに作り、それを直接顧客にぶつけてフィードバックを取り入れ改善しながらモノを作る「アジャイル型」という開発手法。市場調査を行い、キッチリ商品企画を固めてから大量生産・販売を行う従来のパナソニックのやり方の対極にある。

 2017年7月のβ発足から今年の5月までに、メンバーたちはHomeX関連の製品にまつわる約2500件のアイデアを出した。そこからパソコンのシミュレーターなどで約300のプロトタイプを作った。このバーチャルのプロトタイプから、実際に部品を組んでハードウエアのプロトタイプを作り、ソフトウエアを搭載して動かしてみたものが約70。これらをHomeXが使われる住空間で実際に使えるレベルにまで洗練させたものが六つ──と、怒濤のようにモノを作り出してきた。