リーダーの役目は
部下を困った状況に置くこと

 辻の狙いは何だったのか。今度は辻に尋ねた。

「困れば人は自分から動く。動かざるを得なくなる。リーダーの役目は、部下をいかにそうした状況に置くか。組革研で叩き込まれた考え方ですが、これを実践してみたということになるんですかね。いろいろ細かく指示したいのは山々でしたが、そこはぐっと堪えて、送り出しました」

 もう少しかみ砕いて言えば、人間は困ることでその状況を何とか打開しようと本気になり、大きな力を発揮することができる。つまり、困ることで初めて人は主体的になれるということだろう。そこで辻は、獅子が子を崖から突き落とすように、経験値ゼロに等しい新人をあえて困難な状況に置くことにした。しかし、この決断の裏には「彼ならできる」という何らかの自信、それを裏付ける根拠があったのだろうか。辻の返事は意外なものだった。

「いやいや、確信のようなものは何もなかったんですよね。こいつならできる、やってくれるはずだ、と判断できる材料がそもそもない。何の実績も経験もない2年目の社員なんだから当然です。もちろん、納期のある仕事ですから、“勉強のために経験してこい”だけでは送り込むことはできません。ちゃんとした結果を出してもらう必要がある。絶対にです。だから悩みましたけど、結果的に彼に任せた。もし、うまくいかなかったときは、全力でフォローするつもりではありましたけど」と話した後、一瞬考え込む顔をし、次のように続けた。

「ただ、不安はなかった。なぜなのかなと考えたんですが、ベトナム出張の1ヵ月前、彼を組革研に派遣しているんですよ。あの場で、彼なりの修羅場を経験したはずなんです。それがあったので、任せることができたのかなとは思いますね」

 現地行きを命じられた数日後、A君は1人、ベトナムの地に降り立った。そのときの心境はどんなものだったのか。

「不安と重圧でいっぱいでしたけど、とりあえず行くしかないわけですから。出たとこ勝負だって、ある意味、開き直るしかなかったですよね」(A君)。