本稿では以下、中国において、中国人にとって、共産党員になること、共産党員であることとは何を意味するのかという問いを、筆者自身の経験や観察、および筆者の周囲にいる知人や学生たちの実例を紹介しながら掘り起こしてみたい。

 その目的は、私たち外界・外国人が可能な限り客観的に中国で起こっている事象、およびその背後に潜む動機や論理を理解することに他ならない。

 なお、あくまでも筆者個人の、非常に限られた範囲、場面、実例を通じた観察に過ぎないことをあらかじめ断っておきたい。

加藤さんは
「入党」しているのですか?

「加藤さんは“入党”しているのですか?」――。

 北京大学で学部生をしていた頃、複数の中国人クラスメートからこう聞かれて戸惑った記憶が今でも鮮明に残っている。

 当時筆者はすでに彼らにとって“入党”の2文字が何を指すのかを知っていた。すなわち、「中国共産党員になること」である。

 まさか外国人である私が中国共産党員になることなどあり得ない。クラスメートは筆者が日本において“入党”しているかどうかを聞いてきたのだ。

 興味深かったのは、彼らがこのような質問をするなかで、中国と日本の政治体制の違いに疎かったことである。仮に日本の政治で“入党”という概念が成立するのであれば、それはおそらく民主選挙を経て議員となり、かつ特定の政党に所属している場合を指すであろう。

 一有権者として特定の政党を支持している状態を“入党”というのには無理があるし、実際に日本の各有権者にも支持している=同政党に入るという考えは皆無、少なくとも希薄であるに違いない。

 一方で中国において“入党”とは誰もが知っている概念であり、特に成績が優秀で都市部の有名大学で学んでいる、あるいは学んできた中国人民のほとんどが入党するかしないか、できるかできないかを含め、一度は考えたことのある行為であるように思われる。