迎えた2016シーズン。YBCルヴァンカップこそ制したレッズだったが、年間総合勝ち点1位でシードされ、決勝戦から登場した明治安田生命Jリーグチャンピオンシップでは、鹿島アントラーズが劇的な下克上優勝を果たす上での引き立て役となってしまった。

 続く2017シーズンも快調なスタートを切るも、ゴールデンウィーク前から未曾有の不振に突入。7月下旬には、指揮を執って6年目に入っていたミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現北海道コンサドーレ監督)が解任された。堀孝史監督のもとでACLは制したが、J1は7位に終わった。

 ディフェンディング王者でありながら、ACLの舞台に立てない不甲斐なさとも戦ってきた今シーズン。開幕から波に乗れないまま堀監督が解任され、アントラーズを前人未踏のリーグ戦3連覇に導いた名将、オズワルド・オリヴェイラ監督が4月下旬に就任するもJ1は5位に終わった。

 YBCルヴァンカップも、J2のヴァンフォーレ甲府の前にプレーオフステージで敗退。残されたタイトルの天皇杯を、何がなんでも手にしようとサポーターが決起する。5日のアントラーズとの準決勝前日。そして、9日のベガルタ仙台との決勝前日。練習拠点となる大原サッカー場の雰囲気が一変した。

 午前中に行われた公開練習へ臨んだ選手たちを、フェンスに貼られた無数の横断幕が出迎えた。決勝前日には、実に800人ものサポーターが集結してエールを送った。レッズに関わるすべての人間の一体化を事あるごとに訴えてきた阿部は、魂を揺さぶられずにはいられなかった。

「ここは本当に日本なのか、というくらいの雰囲気を出してくれて。以前から言っていることですけど、サポーターの方々と浦和レッズが一緒になったら、どんどん抑えきれないくらいの大きなチームになる可能性があると思っているので。その意味でも今日の結果は大事でしたし、お互いにとって最高の結果が出て、喜び合えたのは本当によかった」

 天皇杯制覇後に流した涙には、2大会前のリベンジを果たした喜びに加えて、日本一と呼ばれるサポーターへ注ぎ続ける熱き思いも込められていた。そしてもうひとつ。レッズひと筋で17年間プレーしてきたレジェンド、平川忠亮にとって現役最後の試合が天皇杯決勝だった。

 清水商業高から筑波大学をへて2002年に加入した39歳の平川は、左右のサイドバック及びアウトサイドで活躍。今シーズン限りでユニフォームを脱ぐことを、11月下旬に表明していた。中学生年代のジュニアユースから心技体を磨いたジェフユナイテッド千葉から、阿部がレッズに移籍したのは2007年1月。当時のチームメイトでただ一人、今シーズンもプレーしていたのが平川だった。