Aさんは10分ほど気配を消したまま辺りの様子をうかがい、頃合いを見て通りに出てタクシーに乗り込みその街から逃げた。

 この時の傷が2センチほどの痕となってAさんの背中に残っていて、Aさんはこの話をする時必ず「背中に傷を受けるなんて、サムライとして情けない」と締め括るそうである。

「不倫はココアのようなもの」
ココアを火にかけるか否か

 Aさんにとって生きていて一番怖かったのがこの体験であるらしい。しかし他にもいくつか修羅場を経験していて、小さな規模のジャズバーに出演した際に不倫相手が2人、客として来て、「これはどちらさま?」から女性2人のつかみ合いのケンカに発展したことや、待ち合わせている喫茶店に行くと彼女の他に年配の男女がいて、彼らから「うちの娘と結婚する気はあるのか」と問い詰められたことがあるそうである。

 不倫が修羅場化した原因についてはAさんなりに分析しているようで、本人はこう語った。

「会えない日が長く続くと、その間に相手は不安を募らせます。昔はメールやテレビ電話なんて便利なものはありませんでしたから、会うしかなかった。相手の不安がピークに達する前に会っておけばしばらくまた落ち着きます。不倫はココアのようなものです」

“名言”が飛び出した。「不倫はココア」、その心は?

「甘くておいしくて、なくてもいいけどあるとうれしい。たまに飲みたくなるけど私みたいなココア常習者もいる。

 自分でココアを作る時、火にかけっ放しにすると沸騰して噴きこぼれますよね。噴きこぼれないように火加減を調節する必要がある。私がいくつかの修羅場を迎えたのはココアを噴きこぼしてしまったのに似ていて、火加減の調節を怠ったからです」

 ココアの例えは不倫を美化しているような気もするが、言わんとしていることはよく理解できる。不倫が修羅場を迎えるか否かは相手の女性をどれだけケアできるかにかかっているか、とAさんは考えているようであった。

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