u『東條英機と天皇の時代』
保阪正康著(筑摩書房/2005年)(オリジナル版の出版は1979年)

 勤勉にして努力家。体制への絶対の忠誠心。その半面、大局観、現実を直視する勇気、思考の時間的な奥行き、軽重の見極め、何よりも意思決定の基準となる自己の哲学など、指導者としての資質を決定的に欠いていた東條英機が総理大臣となり、戦争へと突入した過程を明らかにする。

 チャーチル、スターリン、ルーズベルトといった政治的な怪物を敵に回して、「普通の秀才」が戦争を指導したという日本の悲劇。砂を噛む思いがする。

 学ぶべきは、東條の指導者としての欠陥ではない。本書は、こういう人物を重大時に指導者にしてしまう近代日本のシステムの病理を鋭くえぐり出す。日本の組織の失敗に通底するメカニズムを解き明かす、絶対に読むべき名著だ。

(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 楠木 建)