改革色が薄いと言われる
4つの理由

 鄧の改革開放は、従来の理論的負束縛を打ち破って、市場経済を取り入れ、政治・経済面での改革を断行したが、それに比べて習の改革開放は「改革色が薄い」といわれる。それには4つの理由があると思う。

 第1の理由は、市場経済を発展させると言いながら、管理色を強くしていることだ。

 習政権は第18期三中全会の決定で、「資源配分において市場の決定的役割を果たさせる」という方針を打ち出したが、それは政府は極力市場での経済活動に関与しないというものだ。その方針の下、市場経済の発展の障害を取り除くために、行政手続きの簡素化などを断行したが、改革派が期待していたような方向に進んでいるとはいえない。

 自由な競争のための基盤がまだ十分にできているとは言い難く、競争環境の整備のため、経済活動に対する党の指導が強まった。公正なルールに基づいた市場競争の環境を整備すべく、中国政府は「信用誠実」建設などを進めているが、中国では決められたルールよりも、個人間の“情に基づくルール”が優先する場合もあるため、真に公正で透明度ある市場競争となるのはまだ時間がかかるだろう。

 第2の理由は、国有企業の強化を重視していることだ。

 伝統的な社会主義理論によると、社会主義社会では個人所有の企業は認められず、すべて公有制、つまり「みんなのもの」とされている。改革開放前の歴史をみると、建国直後は戦争で疲弊した経済を回復させるため、私営企業が存在していた時期もあったが、それはあくまでも過渡期で、最終的にはすべての企業を公有制に移行するものとされていた。こうした理由から、公有制の一形態である国有企業は社会主義のメルクマールとなっている。

 国有企業は効率の面で民間企業よりも劣っており、民営化すれば効率がよくなるという考え方があるが、すべてを民営化することは「資本主義の復活」を意味するため、社会主義を掲げる中国としては到底受け入れられるものではない。習はマルクス主義の堅持を強調しており、「公有制を主体とし、多種類の所有制を発展させる」という従来の方針を継承している。