富裕層向けの資産運用サービスを提供するプライベート・バンク。一般の人々がそのサービス内容を知る機会はほとんどありませんが、富裕層の資産運用の実態やプライベート・バンクに明かす悩みごととはいったいどんなものなのでしょうか? 書籍『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』より、こぼれ話としてご紹介します。

 富裕層向けの資産運用サービスとして長い伝統を誇るのは、なんといってもスイスのプライベート・バンクです。スイスのプライベート・バンクは、過去数百年にわたって、ヨーロッパ中の富裕層の資産運用を任されてきました。スイス憲法の下、厳格な守秘義務が課せられていることでも有名です。

 私がビジネススクールで銀行経営の講義を取っていたとき、共同論文を執筆したパートナーがスイス人のプライベート・バンカーでした。あるとき彼から、富裕層向けの資産運用の実態について教えてもらいました。

 「プライベート・バンクは、特別な資産運用を提供しているの?」と聞くと、彼は少し考えた後、「資産運用のクオリティはとても高いけれど、それ自体が特別ではない」と答えました。

 「特別な金融商品は、お客様から求められればもちろん用意するよ。ヘッジファンドに出資したいということなら、たとえば一口5億円で特別なルートで紹介できる。ただ、われわれからは勧めることはない」

 「どうして?」

 「お客様は、そんなことを求めていないから。富裕層は『資産を守ること』をいちばんに考えている。ヘッジファンドに出資して、ラッキーだったらリターンが増えるけれど、資産が大きく減ってしまうリスクもある。多くのお客様はそのリスクを取りにいかない」

 彼によれば、プライベート・バンクの発祥の地であるスイスでも、富裕層向けの資産運用は非常にシンプルです。余計な投資をしないことで予期せぬ損失を避け、世代を超えて富裕層の資産を守り、増やしているのです。

 「資産を守り、増やすのが目的だから、教科書通りの長期的な分散投資が基本。われわれスイスのプライベート・バンカーにとって最大の栄誉は、今の世代だけでなく、その子や孫へと、世代を超えて資産運用を任せられること。それこそ、最大の信頼の証だからね」

 彼は「そもそも、資産運用についてお客様と話すこと自体少ない」と続けました。

 「富裕層のお客様がプライベート・バンカーに本当に相談したいのは、資産運用のことじゃないんだ。悩みのほとんどは、事業を誰に継がせるか、子どもの教育をどうするか、など資産運用以外のこと。

 資産をたくさんもっていると誰を信頼していいかわからなくなって、率直に悩みを打ち明けられる相手がいないことが多い。だから僕たちプライベート・バンカーが『信頼できる相談相手(trusted advisor)』の役割を果たさないといけない。秘密を漏らさない話し相手という存在に価値があるんだ」

 資産運用でお金を守る。真剣に悩むのは資産運用以外のこと。スイスのプライベート・バンカーから聞いたこのエピソードは、資産運用サービスの本質をついていると思います。