日本では投資や資産運用になじみがある人は少数派と言われ、「小さいうちから投資教育を行うべきだ」という意見が聞かれます。確かにその通りですが、本当に教育がベストの解なのでしょうか? 資産運用のロボアドバイザーサービスを運営するウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久さんは仏INSEADで金融工学を学んだ経験からも疑問をなげかけます。柴山さんの著書『これからの投資の思考法』より一部をご紹介します。

 日本では「長期・積立・分散」の資産運用が根づいておらず、そもそも投資や資産運用になじみがある人は少数派だ──こうした問題提起をすると、「小さいうちから投資教育を行うべきだ」という意見をもらうことがよくあります。

投資教育は大切だが、限界がある…名門MBAの授業の実態から考えたこと投資教育はどのぐらい役に立つのか?

 確かに投資教育は大切だと思います。

 たとえば、リスクとは何かについて学ぶことには意義があります。「高いリターンを追求するとリスクも高くなる」という原則を知っておくだけで、資産運用で取り返しのつかない失敗をする可能性を大きく下げられます。資産運用をするうえで、基本的な知識を身につけておくことはとても大切です。

 しかし同時に、投資教育だけでは限界があるとも思います。すべての人が投資のことを隅々まで正確に理解することは難しく、そこに貴重な時間を費やしていいものかという疑問もあります。

 私はINSEADというビジネススクールで金融工学を学んでいましたが、MBA学生でも投資の概念を理解できていないのではないか、と感じる場面にたびたび遭遇しました。

 もっとも大切で基本的だと思われる「分散投資」の概念でさえそうでした。分散投資には、異なる資産を組み合わせることで、リターンはそのままリスクだけを下げるという特長があります。これは、リスクとリターンが表裏一体であるという投資の大原則の例外です。

 金融工学の授業では、同級生の多くが、この理論を正しく理解できずにいました。たとえば、教授とMBA学生によるこんな押し問答もありました。

教授:「今あなたは米国企業500社に分散して投資をしているとしよう。運用資金の総額は変えずに投資先を500社から501社に増やすとして、ジンバブエ航空の株式を新たに購入するとする。ジンバブエ航空が実在するかどうか知らないが、ひとまず実在するということにしよう。さてジンバブエ航空に投資をすることで、投資全体のリスクは上がるだろうか、下がるだろうか」

MBA学生:「投資のリスクは当然、上がります」

教授:「どうしてだね?」

MBA学生:「ジンバブエ航空への投資は高いリスクがあるからです」

教授:「君はわかっていないようだね。いいかね、ジンバブエ航空の業績は、アメリカ経済の景気とはほぼ無関係だと言ってよいだろう。ジンバブエ航空は、ジンバブエという独裁国家の政策の影響を大きく受けるからだ。こう仮定した場合、ジンバブエ航空に投資をすることによって、投資全体のリスクは上がるだろうか、下がるだろうか」

MBA学生:「リスクは上がります。ジンバブエの政治リスクも加わりますし」

教授:(首を振りながら)「いいかね。米国企業500社への投資に、ジンバブエ航空への投資を加えたら、リスクは下がる。これらの株価の動きが無関係だと仮定すれば、リスクが打ち消され合い、全体のリスクは下がる。これが分散効果だ」

MBA学生:「えっ!? もう一度説明してもらえますか?」

 教鞭をとるかたわら、機関投資家のアドバイザーとしても大成功を収めていた教授は、しまいにはしびれを切らし、「理解できない人には理解できない」と身も蓋もないことを言い始める始末でした。

 INSEADのMBA課程は、イギリスの経済紙『フィナンシャル・タイムズ』のビジネススクール・ランキングで、2016年と2017年の2年連続で世界1位に輝いています(1)。それでも私の肌感覚では、MBA学生の3人に1人は、金融工学の基礎でつまずいていたように思います。

 金融工学を真剣に学ぼうとしているMBA学生ですら難しいのであれば、多少の投資教育によってすべての人に投資を正確に理解してもらおうという試みは、現実的ではないように思います。

(1) 同ランキングの2018年の世界1位はスタンフォード・ビジネススクール。