中村さんは、引きこもっていた間、家庭環境の中で否定されることもなかったため、動き出すためのエネルギーが蓄えられていたのかもしれない。

 被災地では、宮城県内で3ヵ月間、全国各地から集まってきたボランティアたちと寝食を共にしながら、被災住宅に出かけて泥出し、作業などの活動を続けた。「いきなりのコミュニケーションや集団生活で大変だったのではないか」と尋ねると、「現場は人の出入りが激しいから、挨拶だけで特定の人と接しなくて済んだ。詮索されることもなかったのが良かった」という。

お金やモノではなく
会いに来てくれるだけでいい

 被災地では、仮設住宅などの被災者を訪ねて、必要としている支援物資を聞いて回る作業にも従事した。

「被災地で孤独に住んでる人がいるなんて、衝撃でしたね。誰にも会えなくて、外にも出る場がなく、引きこもっている。自分と同じ気持ちで苦しんでいる被災者がいるなんて、思いもしなかったんです」

 本来の支援とは、お金やモノではなく、「会いに来てくれるだけでいい」という、普遍的な問題である「つながり」の大切さも実感した。

「今まで引きこもって生きて来て、どこかで働けていない自分が悪いと、社会や他人に対する罪悪感があった。しかし、被災しても、こういう人がいるのなら、苦しくなったら、誰でも引きこもる可能性があるんですね」

 中村さんは、被災者と接することを通じて、「それまで無価値だと思っていた自分自身が実は必要とされる人間だった」と同書で記している。

 何をもって、価値があるとかないとか言えるのかなんてわからない。ただ結局、人と人のつながりは、支えたり支えられたりの関係性なのだと思う。

 現場で待っているのは、悲しみや重たい話ばかりではない。同書には、医学部の女子大生と5日間、1つ屋根の下で寝泊まりしてボランティア活動をしたときの、ほのぼのとしたエピソードも盛り込まれている。被災地では、こういう淡い出会いもある。