車は閑静な住宅街に入っていった。この辺りの住宅は、戦中の爆撃からも免れ、第2次世界大戦後はしばらく進駐軍に接収されたと聞いている。ロバートが言った天皇陛下の別荘とは、葉山の御用邸だ。

 車は丘の中腹にある高い塀に囲まれた屋敷の前に止まった。車を降りると、南に太平洋、北に富士山が見える。

 純日本風の建物に入ると、広いリビングがあった。

 暖炉のあるリビング中央のソファーには5人の男が座っていた。2人は外国人で、残りの3人は日本人だ。日本人の1人は経団連の副会長のはずだ。その他の男にも見覚えがあったが、名前までは思い出せなかった。

「インターナショナル・リンクCEOのビクター・ダラス氏だ」

 ロバートは中央に座っている坊主頭の男を紹介した。

 男は立ち上がり、森嶋に手を差し出してくる。

 ビジネスマンと言うより、元スポーツ選手かとも思える陽に灼けたがっちりした男だ。森嶋より頭一つ大きい。

 ダラスは笑みを浮かべて、強い握力で森嶋の手を握った。見かけよりずっと友好的な男かもしれない。

 ロバートによる紹介が終わりソファに座ると同時に、ダラスが話し始めた。

「リーマン・ショック。あれは多くの偽りがありましたが、私どもも多くのミスを犯しました。世界を深刻な同時不況に導いた責任の一端はあると思います。当時の役員たちは、その責任で全員辞任しました。その結果、私が引き抜かれたということです」

 ダラスは風貌に似合わない穏やかな声で話した。

 彼はインターナショナル・リンクに来る前は、日本人もいるメジャーリーグのオーナーだった。オーナーになるとすぐに、過去の直感に頼る野球を捨てて、統計と豊富なデータに基づく野球を導入し、長い間リーグ最下位を低迷していた球団を、リーグ優勝をするまでにレベルアップさせた。インターナショナル・リンクのCEO就任は、異例の抜擢とマスコミに騒がれたが、その手腕がビジネス界にも通じると評価されたのだ。

「私どもが発表する格付けを利用して、世界の人たちはその企業自体や製品、商品を評価します。そして、その企業に関わろうとする。つまり株や証券を買うのです。そのことを考えると、私たちもやはり、企業と同様な責任がある。偽りの情報を発信し続けていたのですから。私たちも同様に裁かれるべきだったのです」

 森嶋を見つめる目は誠実さに溢れているようにも見える。しかし同時に、強い意志も感じさせる目だ。

(つづく)

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