最も衝撃的だったのは、妻が自作の防護服に身を包んで部屋に入ってきたケースであった。

「防護服といってもテレビで見かけるような本格的なものではない。透明のゴミ袋をガムテープでつなぎ合わせた、悲惨なクオリティのもの。しかし彼女は『これで完璧だから』と誇らしげだった。こちらは何かを言う気力がないのでその彼女を見守ることしかできなかった」

 妻は顔の部分の袋を呼吸にあわせて膨らませ凹ませ、「ちょっと息が苦しい」と言いながら、氷枕を変えるなどしてDさんの世話を焼いたそうである。Dさんは、動く度にビニールがこすれるガサガサという音が大層不快であったらしい。

 厳密にいえば防護服には正式な、消毒などをしながら行うややこしい脱ぎ方の手順があるのだが、Dさんの妻にとってはそんなこと関係ない。「防護服を作り、装着する」という閃きと、それを実行した興奮に支配されているので、実際にウイルスがシャットアウトできているかはさして問題ではなく、思いが成し遂げられればそれで満足なのである。数年に一度訪れるDさんのインフルエンザは妻にとって格好のイベントであり、ある種「お祭り」ともいえる。

 Dさんは妻のそうした奇行を一切やめてほしいと願ってやまないのだが、顛末を周りに話すとウケがいいので「差し引きゼロか」と自身を納得させ、黙認しているそうである。

 インフルエンザによって隔離措置を取られるお父さんには哀愁を感じるが、それらを通してそれぞれの家族像が浮かび上がってくるのは面白い。病床では切なさが胸を貫いても、病後はそれもひとつの家族の思い出となるなら幸いである。