>>(上)より続く

「1回、1回、ガチャを重ねていくごとに募っていくのは焦りです。お目当てが引けさえすればそれまでの投資はすべて報われる。逆に、引けなければ投資がすべて無駄になる。

 このモードに入ると到底冷静ではなく、驚かれるかもしれませんが、最初の原動力だった『あのキャラが欲しい』という気持ちはほぼ完全に残っていません。『あのキャラが出てほしい。出たらガチャを終わらせることができる。出て、この地獄から自分を救い出してほしい』と心底願うようになっています。欲しいのはキャラではなく、救いや報いとなっているのです」

 計2万円が終わり、お目当ては出ず、Aさんは虚脱していったん冷静になった。すぐに自由にできる小遣いは使い果たしてしまった。あとはカードなどを使った借金という選択肢があるが、その一線を越えると待っているのはおそらく身の破滅である。Aさんはまたしてもこの土壇場で賢明であった。Aさんは課金を諦め、再び無課金でゲームを楽しむことにした。

上がっていくランキング
堕ちていくAさん

 お目当てが引けなかった2万円分のガチャであったが、まったくの無駄ではなかった。課金ガチャによって引いたキャラは有用で、Aさんのパーティーはさらに強化されたのだった。そして気づくと、Aさんのプレイヤーランキングは大幅に上がっていた。これがAさんの自尊心を大きくくすぐった。ランキングが上がる……ゲーム内だけにおける狭い世界のこの出来事が、こんなにもうれしいものだったとは!

 ランキングが上がった理由は明白で、Aさんのパーティーが課金によって強化されたからである。課金は魔物だが、ランキングを上げるには手っ取り早い手段である。自分は時間が自由に使える学生などとは違い社会人である。時間が自由にならない代わりに、資金が潤沢にある。社会人は課金をして彼らに対抗するべきではないのか……Aさんがこう結論付けるまでに大した時間はかからなかった。

 その次のイベント時、Aさんは惜しまず課金した。まず自由になる小遣い5000円をぶち込み、成果はなかなか悪くなく、追加の2万円をカード決済で。借金への抵抗は、ランキングを上げる大義名分の前では意味をなさなかった。たかだか2万円、ボーナスの時にさっと返済してしまえばよいと、Aさんは軽く考えるようになっていた。

 妻は家計の管理がざっくばらんだった。Aさんは比較的慎ましく生活してきていたので、いきなり浪費癖にとりつかれるなどとは夢にも思わなかった、すなわち油断していた。Aさんのパソコンのメールに届けられたカードの支払い明細を、Aさんは見つけ次第すぐに削除した。