──学校での勉強はどうでしたか。

 フラストレーションがたまっていました。やりたいことがはっきりしている身からすると、時間軸が合わないというのか、学校の勉強はもどかしかったです。今となっては「これを理解するためにこの勉強が必要だ」という理屈も分かるのですが、当時は「数学がクルマづくりに役に立つ」と言われてもなかなかイメージが湧かず、とにかく悶々としていましたね。

 なので、当時は東京・大手町にあった自動車図書館に通ったり、大好きだったスカイラインGTRのカタログに書かれていることをそのままノートに写したり、触れたくても触れられない情報を欲していました。このころになると、同級生とクルマの話をしても、かみ合わないことが増えてきました。

──クルマに関する専門教育に触れたのは大学に進み、理工学部に入ってからですか。

 そうです。ただ、付属高校から入ったので、大学1、2年生のうちは受験をして入ってきた人との差を埋める必要もあって、あまりピンときませんでしたが、3、4年生でようやく、これまで学んできたことがクルマとつながっているというのが見えてきて、モチベーションも上がりましたし、受け身ではなく、かなり積極的に勉強するようになりましたね。

 大学で、1年生のときからレーシングカーを造るサークルに入ったのも大きかったです。造るというのは、構想して設計し、金属加工も含めた製作までして走らせるということですが、授業で聞くだけでは「ふーん」と流していたであろうことも、造っているとどんどん吸収するので、自分の中への知識の入り方が、それまでとは違うなと感じていました。

──最後の「走らせる」というのは、レースですか。

 はい、造ったレーシングカーで、全日本学生フォーミュラ大会というレースに参加したのですが、あまり成績は良くありませんでした。ただ、この大会は速さや耐久性のような動的審査のほか、造ったクルマを自動車メーカーに売り込むプレゼン能力や原価計算の精度、また、製造ラインをどう組むかといった静的審査項目もあるんです。メーカーでの仕事を疑似的に体験できましたし、静的審査があったおかげで、チームマネジメントにも興味を持ち、経営書などを読むようになりました。

──スカイラインGTRが大好きだったとのことでしたが、就職先は別の大手自動車メーカーを選んでいますね。

 推薦枠の関係、それから、GTRがモデルチェンジをした結果、好みのものでなくなったことも影響しているのですが、今の会社がハイブリッドカーに力を入れ、そのクルマでレースに参戦するようになったことも大きいですね。それを見て、ただ速いだけではないクルマの魅力をより多くの人に伝えたいと思いました。

 入社後は開発部門に配属されましたが、理系の場合は開発のほか、生産技術や製造に配属される可能性もありました。ただ、将来レーシングチームの監督になったり、スポーツカーを企画したりするには開発部門に入るのがいいことは知っていたので、配属前に熱烈にPRしました。

──憧れだった自動車メーカーに入社しながら、起業にも興味があったのですか。

 学生レースで経営に興味を持ったことで、夢である「クルマづくり」で起業したいという思いはありました。大学院ではMBAを取得しようと考えたこともあります。ただ、実務を知ってからの方がいいだろうと思い直しました。

 そして、実際に企業で開発の仕事をするようになったわけですが、当時「安価でボディーを自由に変えられるオーダーメードの電気自動車」というアイデアを持っていたんです。でも、今の会社で入社したばかりの自分がそれを実現するのは難しい。ならば会社を辞めてでもやってみたいという思いが強くなり、そのためにはMBAが必要だと考え、予備校に通うことにしたのです。

 ところが、その予備校の説明会で事業構想について話をしたところ、「そこまでやりたいことが決まっているのなら、勉強はもうしなくていい」と言われました。代わりに勧められたのが、ビジネスコンテストへの出場です。言われた通りに出場してみたら、優勝。学生時代の経験が生きたと思います。