世界的大ベストセラー『サピエンス全史』では、人類がどこから来たのかが論じられた。7万年前、人類が人類たり得た最初の「認知革命」が起こった。人類は、他の動物とは異なり、想像力で社会を構築し、ルールや宗教など虚構(物語)を共有することで、仲間と緊密に協力して地球最強の生物となった。
本書では、最新科学の知見を盛り込み、人類の行く末を論じる。
まず、生体器官もアルゴリズムに過ぎないという最新の生物学の知見を基に、前著で論じた認知革命や、その後の農業革命(1万2000年前)、文字や貨幣の発明(5000年前)、科学革命(500年前)などをデータ処理の観点から論じる。個体の制約から解放されたデータ処理能力は、ヒエラルキーの強化や仕事の細分化で、一段と効率化する。それが、人類が集団として進歩した理由だ。
300年前には自由主義など人間至上主義が誕生し、その追求の結果、人類を長年苦しめた飢餓や疫病、戦争の三つの大きな問題は20世紀末にほぼ解決された。人間中心の考えをさらに推し進め、今や私たちは、不死や至福という神の領域に踏み込もうとしている。
生物工学やAI(人工知能)の発展で、近い将来、生体情報は全てクラウド上に蓄積される。健康を望む人は、進んでデータを提供するはずだ。いずれ体だけでなく、頭脳や精神状況もモニターされ、自分以上に自分を知るネットワークシステムが誕生し、人間はその支配下に入る。人間は脇役に追いやられ、データ至上主義の時代が訪れる。同時に、サイボーグ工学の進展により、富裕層は体や頭脳のアップグレードを繰り返す。
多くの経済書は、技術革新で経済格差が拡大すると懸念してきた。本書は、データを握りアップグレードを続けホモ・デウス(デウスは神)となったエリートが支配する階級社会の到来を警告する。
評者は、AIの発展は恩恵だけではなく、ダークサイドももたらすと懸念していたが、自由主義が歯止めになると楽観していた。しかし、自由主義も私たちが作り上げた虚構の一つに過ぎず、むしろ不死や至福の追求を促し、自らを切り崩す。著者の執筆動機は、本書で描くディストピア(反理想郷)の到来を避けるためだという。
さて、私たち日本人は、自然との共生を重んじ、人間中心主義だけを拠(よ)り所(どころ)としてはこなかった。幅広い生物に仏性を認めるだけでなく、神と人を区別せず、万物を神と崇(あが)める土着信仰もある。西欧近代主義の帰結がホモ・デウスだとしても、別の未来も描けるように思えるが、手遅れなのか。
(選・評/BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎)