経験豊富な医療チームが施行した場合、成功率は9割超。こうした進歩に対して、奥村先生が果たしてきた役割の大きさは計り知れない。

「医学は日進月歩。どんどん新しいものが開発されたり、発表されたりしています。だからやっぱり知識も技術もアップデートしていかないといけません。なんでもそうですが、とどまらないことが大事。早めに試し、最新のテクノロジーを使いこなす」

 当然のように言うが、実際には、偉くなるほどアップデートできなくなる先生は多い。

「そうですよ。だから僕は教授をやめた(笑)。現場に身を置かないといけないから。済生会熊本病院は患者さんも多いし、スタッフも優秀で、設備も最新、治療できる機会も多い。ここにはまだまだ僕にも、やれることがたくさんある」

 熊本を震災が襲ったのは、故郷に帰った4月。大変な経験だったはずだが、先生は現地に居合わせたことに運命を感じ、生き生きとしている。

「『医者はよるべなき病者の友』というポンペの言葉があります。熊本の人たちが心細い思いをし、最も医師を必要としたときに、傍に寄り添えてよかった」

 高杉晋作を看取った望東尼は、「おもしろき こともなき世を おもしろく」を引き取り、「すみなしものは 心なりけり」と続けたという。おもしろくするもしないも自分次第。

 奥村先生の人生は、これからもきっと、おもしろいに違いない。

※ポンペ…オランダの軍医。江戸幕府の海軍伝習所の医師として、安政4年(1857年)に来日。長崎養生所を設立し、医学教育を教授。明治医学界の指導者を多数輩出した。
 
◎奥村 謙(おくむら・けん)
済生会熊本病院循環器内科(心臓血管センター)・不整脈先端治療部門最高技術顧問。1976年、熊本大学医学部卒業。83年~85年、米国アラバマ大学医学部内科循環器部門留学。87年、熊本大学医学部循環器内科講師、96年、弘前大学大学院医学研究科循環呼吸腎臓内科学教授を経て、16年4月より現職。日本不整脈心電学会初代理事長。長年に渡り、日本の不整脈診療を牽引してきたパイオニアだ。