仕事の業種や職種が違いすぎて同窓生と話が合わないという人は、Aさん以外にも少なくない。

「自分は2000年代後半に新卒でIT企業に入ったのですが、大手金融やメーカーに就職した大学の同期から『ITはブラックなんだろ?』『若いうちに福利厚生の充実した会社に転職したほうがいいぞ』と言われまくってましたね。自分からすると、年功序列で若手がモノを言いづらい大企業よりもベンチャーのほうが性に合っていた。彼らの話は保守的で愚痴が多くて、そのうち会わなくなってしまいました。同窓会があっても行かないですね」(30代男性)

「大学のサークルの同期に、広告代理店の営業マンと制作スタッフの両方がいて、会社は違うんですが、お互いに『こいつはわかってない』と。周囲が『仕事の話はやめようよ』と諭してましたが、制作の方がそのうち同期会に来なくなっちゃいましたね。あと10年もたてばもう少しみんな丸くなるのかな、なんて思ってます」(30代男性)

 社会人になってからは、人生においての中心が「仕事」となる人が多い。愚痴を言うにも、前提を共有できる相手とでないと難しいのだろう。とはいえ、上記のコメントのように、また十数年後には集まれるようになるのかもしれないが。

卒業してからもう何年?
おせっかいな“絆”の強調

「絶対に行きたくないわけではないけれど、なんとなく気が進まない」というのはBさん(30代男性)。彼の場合は、高校時代の人間関係に理由がある。

 とはいえ、いじめがあったというわけではない。むしろクラスの級友たちとの仲は良好。学園祭などでの団結力もあった。しかし、そのことが逆にBさんの重荷となっている。

「まとめ役になっている女子がいて、彼女が最近になってフェイスブックで同級生のページを立ち上げたんです。そこで毎日のように『同窓会、楽しみだね』『記念品はどうしようか』といったやり取りをしている。それだけならまだいいんですが、『うちらってほんと仲良かったよね』『他のクラスには負けない絆があるよね』など、仲の良さを強調するんです。確かに仲は良かったかもしれない。でも20年も前のことだし、正直白けてしまっている自分がいる」

 高校時代に同じクラスだったとはいえ、その後は別々の人生を過ごしてきた大人だ。中には頻繁に会っていた人もいるだろうが、10年以上会っていない者同士が多い場で、いまさら青春時代の絆を熱く語られても、というのがBさんの率直な感想だ。